おはようございます。
web3リサーチャーのmitsuiです。
毎週土日のお昼にはweb3の基礎レポートを更新しています。今週は「パスポートとKYC」について解説します。
後編の導入
DID(分散型ID)の仕組みとユースケース
ソウルバウンドトークン(SBT)による「非移転証明」
zkKYC:プライバシーを守りつつ本人確認
web3金融での利用
国家と個人の力関係の再編
未来のパスポート像:国ではなく個人が選ぶアイデンティティ
後編の導入
前編では、パスポートとKYCの歴史を紐解き、国家と金融機関が主導する中央集権的なID管理システムが抱える根本的な課題(国家による情報の独占、プライバシーのリスク、金融包摂の欠如、国境を越える際の摩擦)を明らかにしました。
こうした背景から、今、アイデンティティ管理のパラダイムシフトが起ころうとしています。その鍵を握るのが、ブロックチェーン技術を基盤としたweb3の思想です。
web3は、特定の管理者やプラットフォームに依存しない、分散化された自律的なインターネットの世界を目指しています。この思想をアイデンティティ管理に応用することで、個人が自らのデジタルアイデンティティを主体的に管理・コントロールできる「自己主権型ID(SSI: Self-Sovereign Identity)」の実現が期待されています。
自己主権型IDは、IDの管理権を国家や企業から個人へと移行させる革命的な概念です。これにより、私たちは自分の情報をいつ、誰に、どの範囲で開示するかを自分で決定できるようになります。
後編では、この自己主権型IDを実現するための具体的な技術と、それが社会にどのような変革をもたらすかについて深く掘り下げていきます。中心となるのは、DID(分散型ID)、SBT(ソウルバウンドトークン)、そしてzkKYC(ゼロ知識証明を用いたKYC)です。これらの技術が、どのように連携し、web3時代の新しい金融サービス(DeFi、DAO、NFT)を支えるのかを解説します。
そして最後に、自己主権型IDが普及した未来において、国家と個人の力関係はどのように再編され、パスポートという概念がどのように変化していくのかを展望します。
DID(分散型ID)の仕組みとユースケース
web3時代のアイデンティティ管理の中核をなすのが、DID(Decentralized Identifier:分散型ID)です。DIDは、中央集権的な管理者を必要とせず、個人が自らのアイデンティティをコントロールできるように設計された新しい識別子です。
自己主権型ID(SSI)とは何か
DIDを理解する前に、まずその根底にある「自己主権型ID(SSI)」という概念を理解することが重要です。SSIは、デジタルアイデンティティの管理権が個人自身にあるべきだという思想に基づいています。
SSIの提唱者であるクリストファー・アレンは、SSIが満たすべき「10の原則」を定義しています。その中には、管理(Control)、可搬性(Portability)、同意(Consent)、最小化(Minimalization)といった重要な概念が含まれます。
これらの原則は、現在のインターネットにおけるID管理の問題点に対するアンチテーゼとなっています。
現在、私たちのデジタルアイデンティティは、巨大プラットフォーマー(IDプロバイダー)によって管理されています。私たちは、彼らのサービスを利用するために個人情報を提供しますが、その情報はプラットフォーマーのサーバーに保存され、彼らの都合によって利用されたり、場合によってはアカウントが停止されたりするリスクがあります。
SSIは、この中央集権的なモデルから脱却し、個人が自らのデジタルアイデンティティを「ウォレット」と呼ばれるアプリケーションで管理し、必要な時に必要な情報だけを相手に提示できる仕組みを目指しています。
DIDの技術的基盤
SSIを実現するための技術的な基盤となるのが、DIDとVC(Verifiable Credentials:検証可能な資格情報)です。
DID(Decentralized Identifier)は、W3C(World Wide Web Consortium)によって標準化が進められている、分散型の識別子です。DIDは、did:example:123456789abcdefghi
のような形式の文字列で表されます。
重要なのは、DID自体には個人情報は含まれていないということです。DIDは、ブロックチェーンや分散型台帳上に記録され、その所有者(秘密鍵の保有者)だけがコントロールできます。中央集権的な登録機関は存在せず、誰でも自由にDIDを作成することができます。
DIDは、「DIDドキュメント」と呼ばれるデータ構造と紐づいています。DIDドキュメントには、そのDIDの所有者が本人であることを証明するための公開鍵や、認証方法などの情報が記述されています。
VC(Verifiable Credentials)は、デジタル化された検証可能な資格情報です。現実世界における運転免許証、卒業証明書、社員証などに相当します。VCには、資格情報の内容と、その発行者によるデジタル署名が含まれています。
VCの仕組みは、以下の三者のモデルで成り立っています。
発行者(Issuer): 資格情報を発行する主体(例:政府、大学、企業)。
保有者(Holder): VCを受け取り、自身のウォレットで管理する主体(個人)。
検証者(Verifier): VCの真正性を検証する主体(例:サービス提供者、金融機関)。
このモデルの優れた点は、検証者が保有者の身元を確認する際に、発行者に直接問い合わせる必要がないことです。ブロックチェーンを参照することで、暗号学的に検証が完了します。これにより、プライバシーが保護され、効率的な認証が可能になります。
ユースケースと期待される効果
DIDとVCの組み合わせは、様々な分野での応用が期待されています。
デジタル証明書: 大学が卒業生に対してデジタルの卒業証明書(VC)を発行すれば、卒業生はそれを自身のウォレットで管理し、就職活動などで企業(検証者)に提示することができます。企業は、偽造される心配なく、その真正性を即座に確認できます。
シームレスなサービスログイン: DIDを使えば、ウォレットを使って様々なサービスにシームレスにログインできるようになります(パスワードレス認証)。これにより、セキュリティが向上し、ユーザー体験も改善されます。
KYCの効率化: 金融機関(発行者)が一度KYCを完了した顧客に対してKYC済証明(VC)を発行すれば、その顧客は他の金融機関(検証者)で口座を開設する際に、そのVCを提示することで、煩雑な本人確認手続きを省略できる可能性があります。これにより、前編で述べた「再認証の手間」が大幅に削減されます。
医療データの管理: 個人の健康診断結果や医療記録をVCとして管理すれば、患者自身が自分の医療データをコントロールし、必要な時に医師や病院に安全に共有できるようになります。
DIDは、中央集権的なID管理から脱却し、個人が自らのアイデンティティをコントロールできる新しい時代の基盤となる技術です。
ソウルバウンドトークン(SBT)による「非移転証明」
web3の世界において、個人のアイデンティティや評判、経歴といった、他人に譲渡できない属性を証明する手段として登場したのが、SBT(Soulbound Token:ソウルバウンドトークン)です。
SBTの概念と特徴
SBTは、2022年にイーサリアムの共同創設者であるヴィタリック・ブテリンらによって提唱された概念です。NFTがデジタル資産の所有権を証明し、自由に売買できるのに対し、SBTの最大の特徴は、その「移転不可能性(Non-transferability)」にあります。
一度発行されると、その個人の「魂(ソウル)」、すなわちウォレットアドレスに永続的に結びつき、売買や譲渡ができません。これにより、SBTは、個人の経歴、スキル、評判、コミュニティへの貢献度といった、他人に移転できない属性や実績を証明するための強力なツールとなります。
NFTが「何を所有しているか」を証明するのに対し、SBTは「あなたが誰であるか」、あるいは「何をしたか」を証明するものと言えます。
SBTが実現する信頼の形
SBTは、web3の世界における信頼のあり方を大きく変える可能性を秘めています。
経歴・スキルの証明: 大学が発行する卒業証明SBTや、企業が発行する在籍証明SBTは、個人の経歴やスキルを改ざん不可能な形で証明します。これにより、履歴書の詐称を防ぎ、採用プロセスを効率化することができます。
評判の可視化: コミュニティへの貢献度に応じてSBTを発行することで、個人の評判や信頼度を可視化することができます。例えば、DAOにおいて、貢献度に基づいたガバナンスが実現します。
新しい信用スコアリング: 金融の世界では、SBTを活用した新しい信用スコアリングの仕組みが期待されています。SBTを使えば、個人の学歴、職歴、過去の返済履歴などをブロックチェーン上で証明できるようになります。これにより、DeFiにおける無担保ローンなどの新しい金融サービスが実現する可能性があります。
シビルアタック対策: web3の世界では、一人の個人が多数のアカウントを作成して不正に利益を得ようとする「シビルアタック」が問題となります。SBTは、個人が固有のアイデンティティを持っていることを証明するため、シビルアタック対策としても有効です。
課題と展望
SBTは大きな可能性を秘めた技術ですが、普及に向けてはいくつかの課題も存在します。
第一に、プライバシーの問題です。SBTはブロックチェーン上に公開されるため、個人の経歴や活動履歴が誰でも閲覧可能になってしまう可能性があります。この点については、ゼロ知識証明の技術を組み合わせることで、プライバシーを保護する方法が研究されています。
第二に、リカバリーの問題です。SBTはウォレットアドレスに紐づいているため、もし秘密鍵を紛失してしまうと、SBTも失われてしまう可能性があります。この課題に対しては、「ソーシャルリカバリー」という仕組みが提案されています。これは、信頼できる他者(ガーディアン)の協力を得て、秘密鍵を回復する方法です。
第三に、発行者の信頼性の問題です。SBTの信頼性は、その発行者が信頼できるかどうかに依存します。
これらの課題はありますが、SBTはweb3の世界におけるアイデンティティと信頼を構築するための不可欠なピースです。今後、様々なユースケースが生まれ、私たちのデジタル社会における活動を支える基盤となっていくでしょう。
zkKYC:プライバシーを守りつつ本人確認
web3の世界は、プライバシーと透明性を重視する思想に基づいていますが、金融サービスを提供する上では、規制当局が求めるコンプライアンス要件を満たす必要があります。特にKYCは避けて通れない課題ですが、従来のKYCプロセスは、個人の機微な情報を中央集権的な管理者に預ける必要があり、プライバシーのリスクが伴います。
このジレンマを解決する技術として注目されているのが、「zkKYC(Zero-Knowledge KYC)」です。zkKYCは、「ゼロ知識証明」という暗号技術を応用することで、プライバシーを保護しながら本人確認を実現する仕組みです。
ゼロ知識証明(Zero-Knowledge Proof)の基礎
ゼロ知識証明とは、「ある命題が真であることを、その命題に関する具体的な情報を一切明かすことなく、相手に証明する」技術です。
例えば、あなたが「20歳以上である」ことを証明したいとします。従来の方法では、生年月日が記載された身分証明書を提示する必要があり、正確な年齢が相手に伝わってしまいます。
ゼロ知識証明を使えば、「私は20歳以上である」という事実だけを証明し、正確な年齢は明かさずに済むのです。暗号学的な計算を通じて、あなたが20歳以上であるという命題が真であることを、相手が納得できるように証明します。
この革新的な技術は、プライバシー保護が求められる様々な分野での応用が期待されており、特にweb3の世界で重要な役割を果たしています。
zkKYCの仕組み
zkKYCは、このゼロ知識証明をKYCプロセスに応用したものです。その仕組みは、DIDとVCのモデルを基盤としています。
具体的な流れは以下のようになります。
KYC情報のVC化: まず、信頼できる第三者機関(KYCプロバイダーなど)が、ユーザーの本人確認を行います。確認が完了すると、その結果をデジタル証明書(VC)として発行し、個人(Holder)に渡します。このVCは、暗号化されてウォレットに安全に保管されます。
ゼロ知識証明の生成: ユーザーが規制対象のサービス(例:DeFiプラットフォーム)を利用しようとする際、サービス提供者(Verifier)は特定の条件(例:「18歳以上であること」)の証明を求めます。ユーザーは、ウォレット内でVCの情報を基に、これらの条件を満たしていることを証明する「ゼロ知識証明(Proof)」を生成します。
証明の検証: ユーザーは、個人情報そのものではなく、生成した「ゼロ知識証明」のみをサービス提供者に提出します。サービス提供者は、この証明を数学的に検証することで、ユーザーが条件を満たしていることを確認できます。
この仕組みの最大のメリットは、ユーザーが自分の個人情報をサービス提供者に直接渡す必要がないことです。サービス提供者は、ユーザーが誰であるかを知ることなく、コンプライアンス要件を満たすことができます。
web3における実装例
zkKYCは、web3の世界でプライバシーとコンプライアンスを両立させるための鍵となる技術であり、すでにいくつかの実装例が登場しています。
プライバシー重視のDeFiプロトコル: zkKYCを活用すれば、ユーザーの匿名性を保ったまま、規制要件を満たすことができます。例えば、特定の取引を行う際に、zkKYCによる証明を求めることで、不正な資金の流入を防ぐことができます。
匿名性を保ったDAO参加: zkKYCを使えば、参加者が誰であるかを明かすことなく、一定の条件を満たしていることを証明できます。これにより、匿名性を保ったまま、信頼性の高い意思決定を行うことができます。
コンプライアンスを満たしたトークン発行(STO): セキュリティトークン(STO)は厳格な証券規制の対象となります。zkKYCを利用することで、投資家が適格投資家の要件を満たしていることを、プライバシーを保護しながら確認することができます。
zkKYCは、web3が社会に広く受け入れられるために不可欠な技術です。プライバシー保護と規制遵守という、一見相反する要請を両立させることで、より安全で信頼性の高い分散型社会の実現に貢献することが期待されています。
web3金融での利用
DID、SBT、zkKYCといったweb3時代のアイデンティティ技術は、DeFi、DAO、NFTマーケットプレイスの発展において、極めて重要な役割を果たすと期待されています。
DeFiにおけるKYC
DeFiは、誰でも自由にアクセスできる「パーミッションレス」な性質が特徴ですが、その匿名性の高さから、マネーロンダリングなどに悪用されるリスクも指摘されています。規制当局はDeFiに対する監視を強めており、コンプライアンス要件を満たすための対応を迫られています。
ここに、DIDとzkKYCが重要な役割を果たします。zkKYCを活用すれば、ユーザーのプライバシーを保護しつつ、規制要件を満たすことができます。これにより、DeFiプロトコルは、匿名性を維持しながらも、コンプライアンスリスクを低減することができます。
また、機関投資家がDeFi市場に参入する上でも、KYCは重要な要件となります。DIDとzkKYCを活用した「許可型DeFi(Permissioned DeFi)」と呼ばれる仕組みが登場しており、本人確認済みの参加者のみがアクセスできるDeFiプールを構築することで、機関投資家の参入を促進しています。
さらに、SBTはDeFiにおける信用形成に役立ちます。SBTを活用して個人の信用力を評価することで、無担保ローンの実現可能性が広がります。従来の金融システムでは十分な信用情報が得られなかった人々も、SBTによって信用力を証明できれば、DeFiを通じて金融サービスにアクセスできるようになるかもしれません。
DAOにおけるID
DAOは、参加者による投票(ガバナンス)によって意思決定が行われる自律的な組織ですが、その運営においてはいくつかの課題があります。
その一つが、「シビルアタック」の問題です。一人の個人が複数のアカウントを作成して不正に投票するリスクがあります。DIDとSBTは、この問題を解決するための有効な手段となります。本人確認済みのDIDや、固有のアイデンティティを証明するSBTを保有しているウォレットのみに投票権を与えることで、シビルアタックを防ぎ、「一人一票」の民主的なガバナンスを実現できます。
また、SBTは、DAOにおける貢献度の可視化にも役立ちます。DAOの活動に貢献したメンバーにSBTを付与することで、その実績を証明し、評価することができます。これにより、トークン保有量だけでなく、貢献度に基づいた報酬分配や、役割分担が可能になります。
NFTマーケットプレイスでのKYC
NFTは、デジタルアートなど様々な資産の所有権を証明する技術として急速に市場を拡大していますが、その取引においては、いくつかの課題が指摘されています。
第一に、アーティストの真正性の証明です。誰でも簡単にNFTを発行できるため、他人の作品を盗用してNFT化する偽物が出回る問題があります。DIDを活用し、アーティストが自身のアイデンティティを証明することで、そのNFTが本物であることを保証できます。
第二に、不正取引の防止です。NFTマーケットプレイスも、マネーロンダリングや詐欺の舞台となる可能性があります。NFTマーケットプレイスがDIDやzkKYCを導入することで、不正な取引を防止し、健全な市場形成に貢献することができます。
このように、DID、SBT、zkKYCは、web3金融が直面する課題を解決し、その可能性を最大限に引き出すための不可欠な基盤となります。これらの技術が普及することで、web3金融は、より安全で、信頼性が高く、包摂的なものへと進化していくでしょう。
国家と個人の力関係の再編
自己主権型ID(SSI)の普及は、単なる技術的な進化にとどまらず、社会構造そのものに大きな変革をもたらす可能性を秘めています。特に、これまで圧倒的な力を持っていた国家と、その管理下にあった個人の力関係が再編されることが予想されます。
個人へのエンパワーメント
SSIの最も本質的な意義は、個人へのエンパワーメントです。これまで国家や巨大企業によって独占的に管理されていたアイデンティティ情報を、個人が自らの手に取り戻すこと。これは、デジタル社会における個人の自律性と自由を確立するための重要なステップです。
個人が自分の情報を主体的にコントロールできるようになることで、プライバシー保護が強化されます。いつ、誰に、どの情報を開示するかを自分で決定できるため、意図しない監視や情報漏洩のリスクを低減できます。
また、SSIは、国家への依存度を低下させます。SSIはブロックチェーン上に記録され、特定の管理者に依存しないため、永続性と耐検閲性を持ちます。これにより、政治的に不安定な状況下でも、個人が自らの存在を証明し、権利を行使できるようになります。
さらに、SSIは、個人の経済的な機会を拡大します。データポータビリティが実現することで、個人は自分のデータを自由に持ち運び、様々なサービスで活用できるようになります。SBTによって証明された個人のスキルや評判は、国境を越えて通用する資産となり、グローバルな労働市場での活躍を後押しします。
国家の役割の変化
個人のエンパワーメントが進む一方で、国家の役割も変化していくことが予想されます。国家は、ID管理の「独占的な発行者」から、IDエコシステムにおける「多様な主体の一つ」へと位置づけが変わるでしょう。
国家の役割は、大きく以下の3つに集約されていくと考えられます。
IDの検証者・認定者(トラストアンカー): SSIのエコシステムにおいても、国家が発行する公的な証明書は、最も基礎的で信頼性の高い情報源としての役割を果たし続けます。国家は、これらの情報をVCとして発行し、デジタル署名を行うことで、その真正性を保証する「トラストアンカー(信頼の錨)」としての役割を担います。
デジタル公共財としてのID基盤整備: SSIが社会に広く普及するためには、技術的な標準化、法制度の整備、そしてリテラシー向上のための教育が不可欠です。国家は、これらのデジタル公共財を整備し、誰もが安全かつ容易にSSIを利用できる環境を構築する役割を担います。
規制と監督: SSIのエコシステムが健全に発展するためには、不正行為やプライバシー侵害を防ぐための適切な規制と監督が必要です。国家は、VCの発行者や検証者の信頼性を評価し、問題が発生した場合には対処する役割を担います。
このように、国家の役割は、管理・統制から、支援・調整へとシフトしていくでしょう。
グローバルな信頼ネットワークの構築
SSIは、国家ごとに分断されたID管理システムを乗り越え、グローバルな信頼ネットワークを構築する可能性を秘めています。DIDとVCは国際標準に基づいて設計されているため、国境を越えて相互運用が可能です。
これは、前編で述べた「国境を越える際の不便さ」を解消する画期的な解決策となります。煩雑な再認証の手間や、高コストな国際送金といった摩擦が解消され、シームレスな国際経済活動が実現します。
また、SSIは、金融包摂の実現にも大きく貢献します。IDを持たないために金融サービスから排除されていた途上国の人々も、スマートフォンとインターネット接続さえあれば、DIDを作成し、自らのアイデンティティを証明できるようになります。
SSIは、国家と個人の力関係を再編し、より自由で、公平で、包摂的なグローバル社会を実現するための基盤となる可能性を秘めているのです。
未来のパスポート像:国ではなく個人が選ぶアイデンティティ
自己主権型ID(SSI)が普及した未来において、パスポートという概念はどのように変化していくのでしょうか。物理的な冊子からデジタルな証明へ、そして国家主導から個人主導へ。未来のパスポート像を探ります。
ウォレットがパスポートになる日
未来のパスポートは、もはや物理的な冊子ではなく、個人のスマートフォンやウェアラブルデバイスに搭載された「デジタルウォレット」そのものになる可能性があります。このウォレットには、国家が発行した国籍証明VCをはじめ、様々な属性や資格を証明するVCやSBTが格納されています。
国境を越える際、私たちはウォレットを使って必要な情報を提示し、認証を受けることになります。ゼロ知識証明を活用すれば、「私はこの国に入国する資格がある」という事実だけを証明し、具体的な個人情報を開示することなく、スムーズに入国手続きを完了できるかもしれません。
生体認証とウォレットを組み合わせることで、よりセキュアで利便性の高い本人確認が実現します。物理的なパスポートのように盗難や紛失のリスクもなく、偽造も極めて困難です。
選択可能なアイデンティティ
未来のパスポート像において最も重要な変化は、アイデンティティが「選択可能」になるということです。現在のパスポートは、国籍という単一の属性に基づいて個人を定義しますが、人間のアイデンティティは本来、多面的で流動的なものです。
SSIの世界では、個人は自らのアイデンティティを自由にデザインし、選択することができます。国家が発行する証明だけでなく、企業、大学、DAO、あるいは個人が発行する多様な証明(VCやSBT)を組み合わせることで、自分の多面的なアイデンティティを表現できます。
そして、個人は目的に応じて、複数のID(ペルソナ)を使い分けることができるようになります。仕事用のペルソナ、プライベート用のペルソナ、あるいは匿名で活動したい時のペルソナなど、状況に応じて適切な情報を開示し、プライバシーを保護することができます。
これは、「国ではなく個人が選ぶアイデンティティ」の時代が到来することを意味します。個人は、自らの価値観やライフスタイルに基づいて、所属するコミュニティや組織を選択し、自らのアイデンティティを主体的に構築していくのです。
課題と倫理的考察
未来のパスポート像は大きな可能性を秘めていますが、その実現に向けては多くの課題と倫理的な考察が必要です。
第一に、技術的なハードルです。SSIがグローバルな規模で利用されるためには、スケーラビリティ、セキュリティ、そして相互運用性を確保する必要があります。
第二に、デジタルデバイドの解消です。スマートフォンやインターネットへのアクセスが困難な人々が取り残されないよう、包摂的なデザインと支援策が必要です。
第三に、倫理的な問題です。SBTによって個人の評判やスキルが可視化されることは、新たな格差や差別を生み出す可能性も指摘されています。どのような情報を記録し、どのように評価するのか、社会的な合意形成が必要です。
これらの課題を乗り越えるためには、技術者、法律家、政策立案者、そして市民社会が協力し、対話を重ねていく必要があります。
結論
本連載では、前後編にわたり、パスポートとKYCの歴史から、web3がもたらす未来のアイデンティティ像までを深く考察してきました。
国家主導の中央集権的なIDシステムは、安全と秩序の維持に貢献してきましたが、同時に、効率性、プライバシー、社会的包摂といった面で多くの課題を抱えています。
この課題に対する答えとして登場したのが、web3の思想に基づく自己主権型ID(SSI)です。DID、VC、SBT、そしてゼロ知識証明といった革新的な技術は、アイデンティティ管理のパラダイムシフトを引き起こそうとしています。
SSIは、IDの管理権限を国家や企業から個人へと移行させます。これにより、個人が自らの情報を主体的にコントロールし、プライバシーを守りながら、必要な情報だけを選択的に開示できるようになります。
web3金融の世界では、SSIが信頼の基盤となります。DeFi、DAO、NFTといった新しいサービスが、プライバシーとコンプライアンスを両立させながら発展していくためには、SSIが不可欠です。
そして、SSIの普及は、国家と個人の力関係を再編します。国家の役割は、管理・統制から支援・調整へとシフトし、個人は国家への依存度を低下させながら、グローバルな信頼ネットワークの中で自律的に活動できるようになります。
未来のパスポートは、物理的な冊子からデジタルウォレットへと姿を変え、「国ではなく個人が選ぶアイデンティティ」を象徴するものとなるかもしれません。
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