おはようございます。
web3リサーチャーのmitsuiです。
毎週土日のお昼にはweb3の基礎の基礎レポートを更新しています。今週は「金利」について解説します。ぜひ最後までご覧ください!
1. DeFiの金利設計とは:アルゴリズムが決める新しい利息
2. 利回りを分解する新しい考え方:YTとPTの革新
3. 利回りの価格形成とマーケット:期待とリスクの新しい可視化
4. "金利を所有する"という新しい投資手法
5. 結論:金利は"プロトコルが設計するアセット"へと進化するか?
1. DeFiの金利設計とは:アルゴリズムが決める新しい利息
前編では、金利が数千年の歴史を経て現在の複雑な金融システムの中核となった経緯を見てきました。しかし、2020年以降のDeFiの爆発的成長は、この伝統的な金利概念に根本的な変革をもたらしています。DeFiにおける金利は、もはや中央銀行の政策や銀行の判断によって決まるものではありません。それはコードによって設計され、アルゴリズムによって自動調整される、全く新しい形の「時間の価格」です。
アルゴリズム金利の誕生:AaveとCompoundの革新
DeFiにおける金利革命の出発点は、CompoundとAaveという二つのレンディングプロトコルにあります。これらのプラットフォームは、従来の金融機関を介することなく、ユーザー同士が直接的に資金の貸し借りを行えるシステムを構築しました。しかし、最も革新的だったのは、その金利決定メカニズムです。
Compoundの金利モデルは、需要と供給の関係を数学的に定式化したアルゴリズムに基づいています。各資産の利用率(Utilization Rate = 借入総額 ÷ 預入総額)に応じて、金利が自動的に調整される仕組みです。利用率が低い時は金利も低く設定され、借入需要を促進します。逆に利用率が高くなると金利は急激に上昇し、新たな預入を促すとともに借入を抑制します。
この仕組みの数学的表現は次のようになります:
借入金利 = Base Rate + (Utilization Rate × Multiplier)
預金金利 = 借入金利 × Utilization Rate × (1 - Reserve Factor)Base Rateは基準金利、Multiplierは金利の傾きを決定する係数、Reserve Factorはプロトコルが手数料として徴収する割合です。この単純な式が、24時間365日休むことなく、世界中の流動性を最適化しています。
Aaveはこのモデルをさらに発展させ、「キンク(屈折点)モデル」を導入しました。利用率が一定の閾値(通常80-90%)を超えると、金利の上昇カーブが急激に立ち上がる設計になっています。これにより、プールの流動性枯渇を防ぎつつ、通常時は競争力のある金利を提供することが可能になりました。
中央集権なき金利決定:ガバナンストークンと民主的金融
従来の金融システムでは、金利は中央銀行や金融機関の経営陣によって決定されていました。しかし、DeFiでは「ガバナンストークン」を通じた分散的な意思決定メカニズムが導入されています。
CompoundのCOMPトークン、AaveのAAVEトークンの保有者は、プロトコルのパラメータ変更について投票権を持ちます。金利モデルの調整、新しい担保資産の追加、リスクパラメータの変更など、重要な決定がコミュニティによって行われます。これは、金利という経済の根幹を決める権力が、特定の機関から分散化されることを意味しています。
この民主的な金利決定システムは、理論的には理想的に見えます。しかし、実際には複雑な問題を抱えています。ガバナンストークンの保有は往々にして大口投資家に集中しており、「分散化」が名目に留まる場合もあります。また、技術的な理解が必要な提案について、一般のトークン保有者が適切な判断を下せるかという問題もあります。
それでも、この仕組みは従来の金融システムにはない透明性と参加可能性を提供しています。すべての提案、投票結果、実行過程がブロックチェーン上に記録され、誰でも検証可能です。これは、金利決定プロセスの「民主化」と「透明化」を同時に実現する画期的な試みといえます。
プロトコルインセンティブと"自然発生しない利子"の実態
DeFiにおける高い利回りは、しばしば「プロトコルインセンティブ」によって支えられています。これは、プロトコルが自らのガバナンストークンを配布することで、実質的な利回りを上乗せする仕組みです。
例えば、あるレンディングプールで預金金利が年5%だとしても、追加で年20%相当のガバナンストークンが配布されれば、実質利回りは25%になります。これが、DeFi初期に見られた異常に高い利回りの正体です。
しかし、この仕組みには持続可能性の問題があります。ガバナンストークンの配布は本質的にプロトコルの「希薄化」を意味し、長期的には配布ペースを減速せざるを得ません。多くのプロトコルが当初の高い利回りを維持できなくなったのは、このメカニズムによるものです。
より根本的な問題は、これらの「利子」が従来の経済学的意味での利子ではないことです。伝統的な利子は、実際の経済活動から生み出される付加価値を源泉としています。企業が借りた資金で事業を行い、利益を上げ、その一部を金利として支払います。しかし、DeFiのプロトコルインセンティブは、新しいトークンの発行によって支払われる「補助金」の性格が強いものです。
この構造の持続可能性について、DeFiコミュニティでは活発な議論が続いています。一部のプロトコルは、トークン配布に依存しない「自然な利回り」の創出を目指しています。DEXの取引手数料、レンディングの金利収入、デリバティブのプレミアムなど、実際の経済活動から生まれる収益を原資とする利回りへの回帰が模索されています。
新しい利回り源の創出:MEVとリキッドステーキング
従来の金融システムでは想定されていなかった新しい利回り源も、DeFiでは重要な役割を果たしています。その代表例が、MEV(Maximal Extractable Value)とリキッドステーキングです。
MEVは、ブロックチェーンのトランザクション順序を操作することで得られる利益を指します。フロントランニング、アービトラージ、リクイデーションなど、様々な手法でMEVは抽出されます。当初は個別のボット運営者が独占していたMEVですが、最近では「MEV共有」のメカニズムが発達し、一般ユーザーもMEV収益の一部を受け取れるようになっています。
Flashbotsが開発したMEV-Shareや、CowSwapのMEV保護機能などは、MEV収益をユーザーに還元する仕組みを提供しています。これにより、従来は「搾取」とみなされていたMEVが、新しい形の利回り源として活用されるようになりました。
リキッドステーキングは、Proof-of-Stakeブロックチェーンのステーキング報酬を流動性を保ちながら獲得する仕組みです。EthereumのLido、CosmosのStride、SolanaのMarinadeなどが代表的なサービスです。
従来のステーキングでは、報酬を得るために資産をロックアップする必要がありました。しかし、リキッドステーキングでは、ステーキングした資産に対してLST(liquid staking token)が発行され、これを他のDeFiプロトコルで活用できます。ETHをステーキングしてstETHを受け取り、そのstETHをさらに別のプロトコルで運用する「利回りの複利化」が可能になりました。
この仕組みは、単一の資産から複数の利回り源を同時に獲得する「yield stacking」を可能にしています。ステーキング報酬、レンディング金利、取引手数料、プロトコルインセンティブなど、複数の収益源を重ね合わせることで、従来では考えられない高い利回りを実現しています。
2. 利回りを分解する新しい考え方:YTとPTの革新
DeFiの最も革新的な発明の一つが、利回りそのものを資産として切り出し、売買可能にするメカニズムです。Pendleを筆頭とする「Yield Trading」プロトコルは、従来の金融概念を根本から覆す新しいパラダイムを提示しています。
Pendleの仕組み:利回りと元本の分離
Pendleのコア概念は、利回り付き資産を「Principal Token(PT)」と「Yield Token(YT)」に分離することです。例えば、年利10%のstETHを持っているとしましょう。Pendleでは、これを次のように分解できます:
Principal Token(PT):1年後に1ETHと交換できる権利
Yield Token(YT):1年間のステーキング報酬を受け取る権利
この分離により、投資家は自分の投資目的に応じて、元本の安全性(PT)と利回り(YT)のどちらかを選択的に購入できるようになります。元本保証を重視する保守的な投資家はPTを、高い利回りを求める積極的な投資家はYTを選択します。
PTの価格は、満期時の元本価値を現在価値に割り引いた金額になります。1年後に1 ETHになるPTが現在0.9 ETHで取引されていれば、その利回りは約11.1%(1/0.9 - 1)となります。これは、市場が1年間の無リスク利回りを11.1%と評価していることを意味しています。
YTの価値算定はより複雑です。YTは将来の利回りを受け取る権利ですが、その利回りは変動する可能性があります。stETHの場合、Ethereumネットワークのバリデータ報酬やMEV収益の変動により、実際の利回りは日々変化します。YTの価格は、これらの不確実性を織り込んだ期待利回りを反映しています。
"未来の利回り"の売買という新しい金融商品
YTの取引は、本質的に「未来の利回りに対する先物契約」です。これは、従来の金融市場では実現困難だった新しい投資商品の創出を意味しています。
例えば、あるトレーダーがEthereumのステーキング報酬が将来的に減少すると予想している場合、stETHのYTを売却することで、この見解から利益を得ることができます。逆に、ステーキング報酬の増加を見込む投資家は、YTを購入することで、その期待をポジションに反映できます。
この仕組みは、DeFiエコシステム全体のリスク管理機能を向上させる効果もあります。プロトコル運営者は自らが発行するトークンのYTを売却することで、将来の利回り変動リスクをヘッジできます。投資家は複数のプロトコルのYTを組み合わせることで、ポートフォリオの利回りリスクを調整できます。
固定金利 vs 変動金利の選択がDeFiにも登場
PTとYTの分離は、DeFiにおける「固定金利」と「変動金利」の選択肢を提供します。PTを購入することは、実質的に固定金利での運用を選択することに等しいものです。購入価格と満期価値が確定しているため、投資収益率は予め決まっています。
この固定金利機能は、DeFiの大きな課題の一つを解決します。従来のDeFiレンディングは全て変動金利であり、長期的な資金計画を立てることが困難でした。企業がDeFiから資金調達を行う際も、金利変動リスクが大きな障壁となっていました。
Pendleのような仕組みにより、企業は固定金利での借入が可能になります。例えば、ある企業が1年間の運転資金として1000ETHが必要だとしましょう。現在のPT価格が0.9ETHならば、900ETHを調達してPTを購入し、1年後に1000ETHを確保できます。これは、実質的に年利11.1%の固定金利借入と同等の効果を持ちます。
逆に、YTを購入することは変動金利での運用を選択することになります。実際の利回りが期待を上回れば大きな利益を得られますが、下回ればYTの価値は減少します。これは、金利動向に対する積極的な投資判断を可能にします。
個人投資家にとっても、この選択肢は重要な意味を持ちます。退職資金の運用など、確実性を重視する場合はPTを選択し、より高いリターンを求める場合はYTを選択します。従来の金融商品では実現困難だった、きめ細かなリスク・リターン調整が可能になりました。
イールドカーブのDeFi版:期間構造の可視化
複数の満期を持つPTが取引されることで、DeFi版の「イールドカーブ」が形成されます。3ヶ月、6ヶ月、1年、2年といった異なる満期のPT価格から、DeFi市場における金利の期間構造を読み取ることができます。
このDeFiイールドカーブは、従来の債券市場のイールドカーブとは異なる特徴を持ちます。第一に、対象となる資産が政府債券ではなく、DeFiプロトコルのトークンである点。第二に、信用リスクに加えて、スマートコントラクトリスク、プロトコルガバナンスリスクなど、DeFi特有のリスクが価格に織り込まれている点です。
DeFiイールドカーブの形状は、市場参加者のDeFi全体に対する期待を反映します。短期金利が長期金利を上回る「逆イールド」が発生した場合、それはDeFi市場の将来に対する悲観的な見通しを示唆している可能性があります。逆に、長期金利が短期金利を大きく上回る「スティープカーブ」は、長期的な成長期待の表れと解釈できます。
このイールドカーブ情報は、DeFiプロトコルの運営者にとっても重要なシグナルとなります。市場が長期的な利回り低下を予想している場合、プロトコルはより競争力のある条件を提示する必要があるかもしれません。逆に、利回り上昇が期待されている場合は、現在の条件でも十分な資金調達が可能と判断できます。
3. 利回りの価格形成とマーケット:期待とリスクの新しい可視化
DeFiにおける利回り取引の発展は、「利回り」そのものが独立した資産クラスとして確立されることを意味しています。これは、金融理論における新しい地平を開くとともに、従来では不可能だった形での期待とリスクの価格発見メカニズムを提供しています。
利回りが「価格になる」現象の意味
従来の金融市場では、利回りは資産価格から「計算される」ものでした。債券価格から利回りが算出され、株式価格から配当利回りが計算されます。しかし、YTの取引市場では、利回り自体が直接的に価格付けされます。
この転換は金融理論的に重要な意味を持ちます。利回りが独立した価格を持つということは、それが独自の需給メカニズムを持つことを意味しています。利回りに対する需要(高い利回りを求める投資家)と供給(利回りを売却したい投資家)が直接的に出会い、利回りの「公正な価格」が決定されます。
例えば、stETHの1年物YTが0.08 ETHで取引されているとしましょう。これは、市場参加者が1年間のstETHステーキング報酬の現在価値を0.08 ETHと評価していることを意味しています。
この価格には、以下の要素が織り込まれています。
Ethereumネットワークのバリデータ報酬の期待値
MEV収益の期待値
ステーキング報酬の変動リスク
Ethereumネットワークのアップグレードリスク
一般的な金利水準(機会費用)
YT価格の変動は、これらの要因に対する市場の評価変化を直接的に反映します。Ethereumのアップグレードが発表されてステーキング報酬の増加が期待されれば、YT価格は上昇します。逆に、競合するブロックチェーンの台頭でEthereumの価値が疑問視されれば、YT価格は下落します。
先物市場としての期待形成メカニズム
YT取引市場は、本質的に利回りの先物市場として機能しています。先物市場の重要な機能の一つは、将来の価格に対する市場の期待を現在時点で可視化することです。
原油先物価格が将来のエネルギー需給バランスに対する市場予想を反映するように、YT価格は将来のDeFi利回り環境に対する市場予想を反映します。この情報は、DeFiエコシステムの様々な参加者にとって価値のあるシグナルとなります。
プロトコル開発者は、自らのトークンのYT価格動向を監視することで、市場が自分たちの将来性をどう評価しているかを把握できます。YT価格の下落が続いているならば、プロトコルの改善や新機能の実装が急務かもしれません。
投資家にとって、YT価格は投資判断の重要な情報源となります。複数のプロトコルのYT価格を比較することで、どのプロトコルが過大評価され、どれが過小評価されているかを判断できます。これは、従来のDeFi投資では困難だった定量的な比較分析を可能にします。
ボラティリティとリスク管理の新次元
YTの価格変動は、従来の資産とは異なる特性を持ちます。YTの価値は将来の利回りフローに依存するため、その価格変動(ボラティリティ)は、原資産の価格変動とは異なるパターンを示します。
例えば、ETH価格が安定していても、Ethereumネットワークの状況変化によりステーキング報酬の期待値が変化すれば、YT価格は大きく変動する可能性があります。逆に、ETH価格が大きく変動しても、ステーキング報酬率(ETH建て)が安定していれば、YT価格の変動は限定的かもしれません。
この特性は、ポートフォリオ理論の観点から興味深い含意を持ちます。YTを含むポートフォリオは、従来の資産のみのポートフォリオとは異なるリスク・リターン特性を示す可能性があります。特に、YTが原資産と低い相関を持つ場合、ポートフォリオ全体のリスク分散効果を高める効果が期待できます。
機関投資家にとって、YTは新しいヘッジ手段としても活用できます。例えば、大量のETHを保有するファンドが、ステーキング報酬の減少リスクを懸念している場合、stETHのYTを売却することで、このリスクをヘッジできます。
インプライドイールドの読み解き方
PT価格から計算される「インプライドイールド」は、市場が期待する将来利回りを示す重要な指標です。しかし、このインプライドイールドの解釈には注意が必要です。
インプライドイールドが現在の実際の利回りよりも高い場合、それは市場が将来の利回り上昇を期待していることを示唆しています。しかし、同時にリスクプレミアムの上昇を反映している可能性もあります。プロトコルリスクや市場リスクの増大により、投資家がより高いリターンを要求している状況も考えられます。
逆に、インプライドイールドが現在の利回りを下回る場合、市場は将来の利回り低下を予想しているか、あるいは当該資産の安全性が高く評価されている可能性があります。特に、成熟したプロトコルのPTでは、安全資産としてのプレミアム(利回りの低下)が発生することがあります。
インプライドイールドの分析では、複数の満期を比較することも重要です。短期のインプライドイールドが長期を上回る場合(逆イールド)、それは短期的な利回り上昇期待と長期的な利回り正常化期待を示唆している可能性があります。
4. "金利を所有する"という新しい投資手法
YTの登場により、「金利そのものを資産として保有する」という、従来の投資概念を覆す新しい投資手法が生まれています。これは単なる技術的な革新を超えて、投資哲学の根本的な転換を意味しています。
金利が一種のトークン資産として取引される世界
従来の投資では、金利は「資産から派生する副次的な収益」と位置づけられていました。株式を保有すれば配当を受け取り、債券を保有すれば利息を受け取ります。金利は資産保有の「おまけ」であり、資産本体と切り離して考えることはできませんでした。
しかし、YTの存在により、金利は独立した資産クラスとなりました。投資家は元本リスクを負うことなく、純粋に利回りのみを購入できます。これは、投資におけるリスク・リターンの分解をより精密に行うことを可能にします。
例えば、従来のETH投資では、価格変動リスクと利回り獲得の両方を同時に引き受ける必要がありました。ETH価格が下落すれば、ステーキング報酬を得ていても総合的にはマイナスになる可能性がありました。
YT投資では、この問題が解決されます。ETH価格の変動には一切影響されず、純粋にステーキング報酬の変動のみがリターンを決定します。これにより、「ETHの価格は不安定だが、Ethereumネットワークの成長性は信じている」といった、より細分化された投資判断が可能になります。
この分離は、機関投資家にとって特に価値があります。年金基金のように長期的で安定したリターンを求める投資家は、PTを中心としたポートフォリオを構築できます。一方、ヘッジファンドのように高いリターンを追求する投資家は、YTに集中投資することで、レバレッジをかけた利回り投資を実現できます。
レバレッジド・イールド投資の新展開
YTの最も興味深い特性の一つは、「少額の投資で大きな利回りエクスポージャーを獲得できる」ことです。これは、利回りに特化したレバレッジ投資の新形態を提供しています。
具体的な例で説明しましょう。年利10%のstETHがあり、そのYTが0.08 ETHで取引されているとします。1 ETHを投資する場合、以下の選択肢があります:
選択肢A:直接stETH保有
投資額:1 ETH
年間利回り:0.1 ETH
利回り率:10%
選択肢B:YT購入
投資額:1 ETH
購入可能YT:12.5枚(1 ÷ 0.08)
年間利回り:1.25 ETH(12.5 × 0.1)
利回り率:125%
この例では、YT投資により12.5倍のレバレッジがかかった利回り投資が実現しています。ただし、これは実際のステーキング報酬が期待通り10%となった場合であり、報酬が減少すればYTの価値も大きく下落するリスクがあります。
このレバレッジ効果は、利回り変動に対する感応度を大幅に高めます。ステーキング報酬が10%から12%に上昇した場合、直接保有では20%の利回り増加ですが、YT投資では50%の価値上昇(0.1 → 0.15 ETH)となる可能性があります。
デリバティブと債券の再定義
YTとPTの存在は、従来の「デリバティブ」と「債券」の概念を再定義しています。YTは利回りの「先物契約」的な性質を持ち、PTは「ゼロクーポン債券」的な性質を持ちます。しかし、これらは従来の金融商品とは根本的に異なる特性も有しています。
従来の先物契約では、満期時に原資産の現物決済または差金決済が行われます。しかし、YTでは満期に至るまでの期間中、継続的に利回りを受け取ります。これは「継続受渡し型の先物」とでも呼ぶべき新しい金融商品です。
従来のゼロクーポン債券では、発行体の信用リスクが主要なリスク要因でした。しかし、PTでは信用リスクに加えて、スマートコントラクトリスク、プロトコルガバナンスリスク、技術的なアップグレードリスクなど、従来の債券では存在しない新しいリスク要因が価格に影響します。
CeFiとの競合:制度化への道筋
DeFiの利回り取引市場が成熟するにつれて、従来の金融機関(CeFi)との競合も激化しています。特に、機関投資家向けの固定利回り商品では、直接的な競争関係が生まれています。
大手投資銀行は既に、DeFi利回りをラップした商品の提供を開始しています。例えば、顧客に代わってPTを購入し、満期時にドル建てで固定リターンを提供するストラクチャード商品などです。これにより、機関投資家はDeFiの技術的複雑さを回避しながら、DeFi利回りの恩恵を受けることができます。
しかし、この制度化プロセスは両刃の剣でもあります。一方では、DeFi市場への資金流入を促進し、流動性の向上と価格発見の精度向上をもたらします。他方では、DeFiの本来の理念である「金融の民主化」から遠ざかる可能性もあります。
競争力の観点から、DeFiプロトコルは従来の金融機関に対していくつかの優位性を持っています。24時間365日の取引可能性、プログラマブルな決済、透明性、低い仲介コスト。これらの優位性を維持しながら、制度投資家のニーズにも対応することが、DeFi市場の持続的成長には重要です。
個人投資家の新戦略:リスク分散とポートフォリオ最適化
YTとPTの存在は、個人投資家にとっても全く新しい投資戦略を可能にしています。従来のポートフォリオ理論では、株式と債券の組み合わせが基本でしたが、DeFiでは「元本」と「利回り」を独立して配分することができます。
例えば、リスク許容度の低い投資家は、ポートフォリオの80%をPTに配分し、残り20%をYTに投資することで、元本の大部分を保護しながら、一定の利回り変動リスクを取ることができます。逆に、積極的な投資家は、少額のPTで最低限の安全性を確保しつつ、大部分をYTに配分してレバレッジド利回り投資を行うことも可能です。
このような戦略は、従来の金融商品では実現困難でした。債券を購入すれば元本リスクと金利リスクの両方を負い、株式を購入すれば価格変動リスクと配当変動リスクの両方を負います。DeFiの利回り分離技術により、投資家はより細かくリスクを制御できるようになりました。
また、複数のプロトコルのYTを組み合わせることで、「利回りの分散投資」も可能になります。Ethereum、Polygon、Avalancheなど、異なるブロックチェーンのステーキング報酬に分散投資することで、単一チェーンのリスクを軽減できます。これは、従来の地域分散投資や通貨分散投資に相当する、新しい形のリスク分散手法です。
税務上の取り扱いと実務的課題
DeFiの利回り商品が普及するにつれて、税務上の取り扱いが重要な課題となっています。特に、YTとPTの分離取引は、従来の税法では想定されていない新しい取引形態です。
多くの国では、YTから得られる利回りは「利息所得」として課税され、PTの売買損益は「キャピタルゲイン」として扱われる傾向があります。しかし、詳細な取り扱いは国によって異なり、まだ明確なガイドラインが整備されていない場合も多いです。
また、DeFiプロトコルが発行するガバナンストークンの税務上の性格も複雑です。プロトコルインセンティブとして受け取ったトークンは受取時点で課税対象となるのか、売却時点で課税されるのか、各国の税務当局の判断が分かれています。
これらの不確実性は、特に機関投資家のDeFi参入を阻害する要因となっています。明確で一貫した税務ガイドラインの整備が、DeFi市場の健全な発展には不可欠です。
5. 結論:金利は"プロトコルが設計するアセット"へと進化するか?
利子は未来を織り込む合意形成の結果
本記事の前編で見たように、金利は「時間の価格」として数千年の歴史を持つ概念です。しかし、その本質を改めて考えると、金利とは「未来に対する集合的な期待と不安の数値化」に他なりません。
経済が成長すると期待されれば金利は上昇し、不安が高まれば下落します。インフレが懸念されれば名目金利は上昇し、デフレリスクが高まれば低下します。金利は、社会全体が未来をどう見ているかを映し出す鏡です。
DeFiにおけるアルゴリズム金利も、この本質的な性質は変わりません。Compoundの利用率ベース金利モデルは、そのプロトコルに対する需要と供給の期待を反映しています。Pendleの利回り分離市場は、将来のDeFi利回り環境に対する集合的な見通しを価格として表現しています。
しかし、DeFiが提供する新しい要素は、この「合意形成プロセス」の透明性と参加可能性です。従来の金利決定は、中央銀行や大手金融機関の判断に委ねられていました。一般の市場参加者は、その結果を受け入れるしかありませんでした。
DeFiでは、すべての参加者が金利形成プロセスに直接参加できます。YTを購入することで利回り上昇に賭けることができ、PTを購入することで安定性を優先することができます。ガバナンストークンを通じて、プロトコルの金利政策に影響を与えることもできます。これは、金利決定の「民主化」といえる現象です。
分散型でも構築できる金融システム
DeFiの最も重要な示唆は、複雑な金融システムが中央集権的な機関なしに構築可能であることを実証していることです。金利の決定、リスクの評価、流動性の供給、価格の発見—これらすべてが、アルゴリズムと市場メカニズムによって自動化されています。
この自動化は、効率性の向上をもたらしています。人間の判断に依存しないため、24時間365日の継続的な市場運営が可能です。地理的な制約もなく、世界中の参加者が同一の市場にアクセスできます。中間業者の排除により、手数料も大幅に削減されています。
しかし、同時に新しい課題も浮上しています。スマートコントラクトのバグ、プロトコルのガバナンス問題、規制の不確実性。これらのリスクは、従来の金融システムでは存在しなかった新しい種類のものです。
金融の未来への示唆
DeFiにおける金利革命は、金融全体の未来に重要な示唆を与えています。第一に、金融仲介の形態が根本的に変化する可能性です。従来の銀行のような「信用仲介機関」の役割は、アルゴリズムとスマートコントラクトによって代替される可能性があります。
第二に、金融商品の複雑性と多様性が飛躍的に拡大する可能性です。プログラマブルな金融では、理論的にはあらゆる金融構造を実装可能です。これは、個々のニーズに合わせたオーダーメイド金融商品の大衆化を意味します。
第三に、金融政策の効果と限界が再考される可能性です。DeFiが主流化すれば、中央銀行の金利政策の伝達メカニズムは大きく変化します。従来の銀行システムを迂回したマネーフローが拡大すれば、金融政策の効果は限定的になるかもしれません。
最後に、金融の民主化と新たな格差の問題です。DeFiは理論的には平等なアクセスを提供しますが、実際には新しい形の格差(技術格差、情報格差)を生み出す可能性もあります。これらの課題に適切に対処することが、包摂的な金融システムの構築には重要です。
以上、「金利」について前編後編で解説してきました。少し難しい用語が出てきたかと思いますが、少しでも理解の手助けになっていれば幸いです。今後も色々な角度で概念の説明やプロジェクトの説明をしていきますので、引き続きニュースレターを購読していただけると幸いです!
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