おはようございます。
web3リサーチャーのmitsuiです。
毎週土日のお昼にはweb3の基礎レポートを更新しています。今週は「保険」について解説します。
1. はじめに
2. オンチェーン保険の基本構造
3. 代表的プロジェクト
4. オンチェーン保険の強みと課題
5. 保険とトークンエコノミー
6. 日本での可能性
7. まとめ
1. はじめに
web3が解決しようとするのは「透明性」と「自動執行」
前編では、古代から続く「相互扶助」の精神が、いかにして近代的な保険制度へと発展してきたかを考察しました。その過程で、私たちは現代の保険モデルが抱える不透明性、支払いの遅延、情報非対称性といった課題を説明しました。多くの人々が「保険は必要だが、不信感がつきまとう」という感情を抱いているのは、こうした課題が背景にあるからです。
web3は、この長年の課題に対し、ブロックチェーンを基盤とした新たな解決策を提案しています。具体的には、「透明性」と「自動執行」という二つの強力な武器を用いて、保険のあり方を根本から再定義しようとしています。
ブロックチェーンに記録されたデータは、誰でも閲覧可能で改ざんが不可能なため、保険料のプール状況や支払いの履歴が完全に透明化されます。また、スマートコントラクトによって、特定の条件が満たされれば、人の手を介さずに保険金が自動で支払われる仕組みが実現できるのです。
オンチェーンで再発明される保険とは?
では、「オンチェーン保険」とは具体的にどのようなものなのでしょうか。これは、中央集権的な保険会社を介さず、ブロックチェーン上のスマートコントラクトによって、契約、保険料の徴収、そして保険金の支払いまでを一連の流れで自動化する仕組みです。
この新しいモデルは、従来の保険会社が担っていた役割の多くを自動化し、中間コストを削減します。そして何よりも、透明性と信頼性を高めることで、保険の本質である「安心」を、より純粋な形で提供することを目指しています。
2. オンチェーン保険の基本構造
スマートコントラクトで契約条件を自動化
オンチェーン保険の中核をなすのは、スマートコントラクトです。例えば、「スマートコントラクトXがハッキングされ、ユーザー資金が$100万以上盗まれた場合、このプールから被害額に応じて保険金を自動で支払う」といった契約条件を、コードとして記述することができます。
この契約は一度ブロックチェーンにデプロイされると、第三者による改ざんが不可能になります。また、契約内容は誰でも閲覧できるため、契約者は契約内容が正しく実行されることを確信できます。これにより、契約者と保険提供者との間の情報非対称性が大幅に解消され、不信感が払拭されます。
保険プールへの資金拠出とリスク分担
オンチェーン保険では、従来の保険会社のように、中央の事業者が保険料を集めるのではありません。代わりに、複数の人々が「保険プール」と呼ばれる共通の資金プールに、暗号資産を拠出します。この拠出は、単なる保険料の支払いではなく、リスクを引き受けるための投資としての意味合いを持ちます。
資金をプールに拠出した参加者は、「アンダーライター(引受者)」と呼ばれます。彼らは、プールがリスクをカバーすることで得られる手数料や、トークンのインセンティブを受け取ります。その見返りとして、もし保険金支払いが必要な事態が発生した際には、プール内の資金が使われることになります。この仕組みは、リスクを複数の参加者で共同して分担するという、相互扶助の精神をそのままブロックチェーン上に再現したものです。
保険金支払いの自動化(オラクルが条件を判定)
オンチェーン保険の最も革新的な点は、保険金の支払いが自動化されることです。従来の保険では、事故発生後に契約者が保険会社に請求手続きを行い、会社が調査・審査を経て支払いを行うため、多くの時間と労力がかかっていました。
一方、オンチェーン保険では、保険金支払い条件の判定にオラクルを利用します。オラクルとは、ブロックチェーンの外にある現実世界のデータを、ブロックチェーンに安全に取り込むための仕組みです。
例えば、航空機の遅延保険であれば、フライト情報を提供するAPIと連携したオラクルが、遅延が発生したことを検知し、スマートコントラクトにその情報を伝えます。この情報を受け取ったスマートコントラクトは、事前に設定された条件(例:「フライトが2時間以上遅延した場合」)が満たされていることを確認すると、自動的に契約者のウォレットに保険金を送金します。これにより、煩雑な手続きや支払いの遅延が解消され、即時かつ透明な保険金支払いが可能になります。
3. 代表的プロジェクト
Nexus Mutual:相互扶助モデルをブロックチェーンに移植
Nexus Mutualは、オンチェーン保険の分野で最も古く、代表的なプロジェクトの一つです。彼らは、イーサリアム上に構築された相互扶助モデルを掲げています。ユーザーは「NXM」トークンをステーキングすることで、スマートコントラクトやプロトコルのリスクを保証(引受)することができます。
もし、保証しているスマートコントラクトに損害が発生した場合、プールから保険金が支払われますが、その支払い可否の決定は、NXMトークン保有者によるDAOガバナンスによって行われます。これは、古代の「講」や「組合」が、民主的な手続きで運営されていたように、コミュニティの合意形成で物事を決めるという相互扶助の原点に立ち返った仕組みと言えます。
InsurAce:マルチチェーンの保険マーケットプレイス
InsurAceは、複数のブロックチェーン(イーサリアム、BSC、Polygonなど)に対応したマルチチェーンの保険マーケットプレイスです。ユーザーは、様々なDeFiプロトコルのリスクをカバーする保険商品の中から、自分のニーズに合ったものを選択できます。InsurAceは、比較的安価な保険料と、複数のチェーンに対応することで、より多くのユーザーにオンチェーン保険を普及させることを目指しています。
Parametric Insurance(インデックス型保険):天候データやオンチェーン指標をトリガーに支払い
Parametric Insurance(パラメトリック保険)は、従来の保険のように実際の損害額を調査して支払うのではなく、事前に設定された特定の指標(インデックス)が基準値に達したときに、自動で保険金を支払う仕組みです。web3の文脈では、このパラメトリック保険が特に注目されています。
例えば、農業保険であれば、オラクルが提供する気象データ(降水量、気温など)をトリガーとして、保険金が支払われます。また、DeFi保険であれば、特定のステーブルコインがペッグ($1の価値)を失った場合に、自動で保険金が支払われるといった仕組みも可能です。この方式は、損害査定の手間が不要であり、保険金の即時支払いを可能にするため、オンチェーン保険との相性が極めて高いです。
4. オンチェーン保険の強みと課題
強み:透明性、即時支払い、グローバルアクセス
オンチェーン保険の最大の強みは、その透明性です。保険料プールにどれだけの資金があり、誰に、いくら支払われたかが、ブロックチェーン上で誰でも確認できます。これにより、従来の保険モデルにおける不信感が解消されます。
次に、即時支払いです。オラクルとスマートコントラクトの組み合わせにより、事前に設定された条件が満たされた瞬間に、保険金が自動的に支払われます。これにより、煩雑な手続きや支払いの遅延がなくなります。
そして、グローバルアクセスです。インターネットに接続できる環境があれば、世界中のどこからでも、オンチェーン保険に加入することができます。これにより、従来の保険サービスが行き届いていなかった国や地域の人々も、リスクをカバーする手段を得られるようになります。これは、金融包摂の観点からも大きな可能性を秘めています。
課題:オラクルリスク、不正請求、規制問題
一方で、オンチェーン保険にも解決すべき課題が数多く存在します。
第一に、オラクルリスクです。オンチェーン保険は、外部データを提供するオラクルに依存していますが、もしオラクルが不正なデータを提供したり、ハッキングされたりした場合、誤った支払いが自動的に行われてしまうリスクがあります。信頼性の高い分散型オラクルの発展が不可欠です。
第二に、不正請求です。これは、従来の保険でも大きな問題ですが、オンチェーン保険でも不正な請求が行われる可能性があります。例えば、保険金の支払い条件を満たすために、意図的に特定の行動をとるような不正(モラルハザード)です。コミュニティ主導のDAOガバナンスによる審査や、より高度な検知システムの構築が求められます。
第三に、規制問題です。多くの国で、保険は厳格な規制下に置かれています。オンチェーン保険は、既存の保険業法や金融規制の枠組みに当てはまりません。今後、オンチェーン保険が普及するためには、各国の規制当局との対話や、新たな法整備が必要となります。
5. 保険とトークンエコノミー
トークンでリスクを分担する設計(ステーキング+引受)
オンチェーン保険におけるトークンは、単なる決済手段ではありません。例えば、Nexus MutualのNXMトークンのように、特定のトークンを保有し、それをプールにステーキングすることで、リスクの引受者(アンダーライター)としての役割を担うことができます。
彼らは、このリスクを引き受ける対価として、保険料の一部を報酬として受け取ります。この仕組みは、リスクを負うことによってリターンを得るというインセンティブを設計しており、従来の保険会社が担っていたリスク引受機能を、分散されたコミュニティに委ねることを可能にします。
DAO型ガバナンスによる「支払い判定」の仕組み
オンチェーン保険の多くは、DAOによって運営されています。これにより、保険金の支払い可否の判定も、コミュニティの投票によって決定される場合があります。例えば、支払い請求が発生した場合、トークン保有者がその請求が正当なものであるかを審査し、投票によって承認します。この仕組みは、従来の保険会社の一方的な決定を排し、透明で民主的なプロセスを実現します。
既存保険会社とのハイブリッドモデル
オンチェーン保険が完全に既存の保険会社に取って代わるには、まだ多くの課題があります。そこで、現実的な未来像として考えられているのが、ハイブリッドモデルです。
例えば、既存の保険会社が、保険料の算定や営業活動を担い、保険金の支払いのみをスマートコントラクトに委ねる、といった連携が考えられます。また、保険会社が自社の保険商品をトークン化し、より流動性の高い市場で取引できるようにする、といった可能性も考えられます。これにより、web3の透明性や即時性といったメリットと、既存の保険会社が持つ信頼性や資本力を組み合わせることができます。
6. 日本での可能性
相互扶助文化との親和性(講、共済組合)
日本は古くから「講」や「共済組合」といった相互扶助の文化が根付いており、オンチェーン保険の思想と高い親和性を持っています。地域コミュニティや職業集団が主体となって、リスクを分かち合うという精神は、web3時代のオンチェーン保険のあり方と重なります。この文化的な背景は、日本でオンチェーン保険が普及する上で大きな強みとなるでしょう。
日本の保険規制(保険業法、金融庁ガイドライン)との関係
しかし、日本でオンチェーン保険を本格的に展開するには、厳格な保険規制(保険業法など)との向き合い方が重要になります。保険業法は、消費者保護の観点から、保険会社に健全な経営や適切な情報開示を義務付けています。
オンチェーン保険がこの規制にどのように適合するか、あるいは、どのような新たな法整備が必要になるのかは、今後の大きな論点です。金融庁をはじめとする規制当局との対話を通じて、革新的な技術と健全な市場を両立させる道を探る必要があります。
地域共助のweb3化(地域DAO×保険)
日本の地方は、人口減少や高齢化といった課題に直面していますが、一方で、古くからのコミュニティが残っている地域も多くあります。これらの地域が、web3を活用して、地域通貨や地域DAOを構築し、災害や病気に備えるためのオンチェーン保険を導入する、といった「地域共助のweb3化」も、将来的には実現する可能性があります。これにより、地域の住民が主体的にリスクを分かち合い、持続可能なコミュニティを築くことができるかもしれません。
7. まとめ
保険の本質=「安心を分かち合う」仕組み
前後編を通じて、私たちは保険が単なる金融商品ではなく、古くから存在する「安心を分かち合う」ための人間的な仕組みであることを説明してきました。古代の商隊から江戸の火消し組合、そして近代の保険会社へと、その形は変われど、個人のリスクを集団の力で分散するという本質は一貫しています。
web3はそれを透明に、グローバルに拡張できる可能性がある
そして、web3が提供するオンチェーン保険は、この「安心を分かち合う」という本質を、ブロックチェーンの力によって、より透明に、そしてグローバルに拡張できる可能性を秘めています。不透明なプロセスや不信感を払拭し、誰もがアクセスできる、即時かつ公正な保険サービスを提供できる可能性があります。
「相互扶助の原点に立ち返る」のがオンチェーン保険の価値
オンチェーン保険は、従来の保険会社モデルを否定するものではありません。むしろ、その発展の過程で失われかけていた、「相互扶助の原点」に立ち返る試みです。テクノロジーの力で、人々が主体的にリスクを分かち合い、助け合うことができる社会。それが、オンチェーン保険が目指す未来であり、その真の価値であると言えるでしょう。
免責事項:リサーチした情報を精査して書いていますが、個人運営&ソースが英語の部分も多いので、意訳したり、一部誤った情報がある場合があります。ご了承ください。また、記事中にDapps、NFT、トークンを紹介することがありますが、勧誘目的は一切ありません。全て自己責任で購入、ご利用ください。
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