おはようございます。
web3リサーチャーのmitsuiです。
毎週土日のお昼にはweb3の基礎レポートを更新しています。今週は「保険」について解説します。
1. はじめに
2. 古代から中世の相互扶助
3. 火消し・共同体による保険
4. 近代保険制度の誕生
5. 現代の保険モデルと課題
1. はじめに
「保険=安心を売る仕組み」という視点
私たちの日常生活において、「保険」はごく当たり前の存在となっています。生命保険、医療保険、自動車保険、火災保険など、その種類は多岐にわたり、万が一の事態に備えるための不可欠なツールです。これらの保険は、私たちが抱く漠然とした不安やリスクを「安心」という形に変え、精神的な安定をもたらしてくれます。
しかし、その「安心」はどのようにして提供されているのでしょうか。単に金融商品として捉えるだけでなく、「安心を売る仕組み」として保険の本質を深く掘り下げていくと、そこには単なる金銭のやり取りを超えた、人間社会に古くから存在する相互扶助の精神が息づいていることに気づきます。
現代の複雑な保険制度の成り立ちを理解するためには、そのルーツを辿ることが不可欠です。
前編では、保険の起源である「相互扶助」の歴史を紐解き、それがどのようにして近代的な保険というシステムへと進化していったのかを考察します。そして、現代の保険が抱える課題を明らかにし、後編ではweb3技術が提供する新たな可能性について考えていきます。
現代の保険を理解するために「相互扶助」の歴史を遡る
相互扶助とは、特定のコミュニティや集団内で、互いに助け合い、共通のリスクを分かち合うことです。これは、人類が社会を形成して以来、様々な形で実践されてきた基本的な社会原理と言えます。家族や親族はもちろんのこと、部族、村落、職業集団など、人間は常に「何かあったときに助けてくれる仲間」を求めてきました。この相互扶助の精神が、時代とともに洗練され、やがて近代的な保険という洗練されたシステムへと昇華していきました。
例えば、古代の商業活動におけるリスクは、現代の私たちが想像するよりも遥かに大きなものでした。海賊による略奪、難破、天候不順による荷物の損傷など、ひとたび事故が起きれば、その損害は商人にとって壊滅的な打撃となります。このような不確実性に対処するため、人々は自発的に助け合いの仕組みを築き上げていきました。近代保険が誕生する遥か以前から存在していたこれらの慣習は、まさに「保険の原型」と呼べます。
2. 古代から中世の相互扶助
商人のキャラバン(荷物を共同で守る仕組み)
古代メソポタミアやシルクロードを往来する商隊(キャラバン)は、常に様々な危険に晒されていました。砂漠の盗賊、過酷な自然環境、病気など、一人旅では決して乗り越えられないリスクです。そこで、複数の商人が集まり、キャラバンを組んで旅をすることが一般的でした。
この商隊は、単なる移動手段の共同利用に留まらず、リスク分担の仕組みとしても機能していました。もし、一人の商人の荷物が盗賊に奪われたり、破損したりした場合、他の商人たちが協力してその損害の一部を補填する、という慣習が生まれたのです。これは、今日の保険における「共同保険」や「再保険」の概念の芽を見ることができます。
この仕組みは、信頼に基づくコミュニティ内で成立しており、参加者全員が互いのリスクを共有し、互助の精神で支え合うという点で、極めて本質的な相互扶助の形でした。彼らは、個々の損失を全体の力で分散させることで、個人の破滅的なリスクを回避し、より持続的な商業活動を可能にしていたのです。
古代中国・バビロニアの「損害分担」制度(海上保険の原型)
古代文明においても、海上貿易のリスクは非常に大きなものでした。古代中国やバビロニアでは、すでに海上貿易における「損害分担」の慣習が存在していました。有名な例としては、紀元前2000年頃のバビロニアのハンムラビ法典に記されている「海上貸借」の規定があります。これは、商人や船主が航海中に損失を被った場合、その損害を他の商人や貸し手と分かち合うというものでした。
また、古代中国の商人は、航海に出る前に「損害分担」の契約を結び、万が一の事故に備えていました。これは、荷物の損失や船の沈没といった事態が発生した場合に、共同で損失を補填する、いわば「海上保険」の原型と呼べるものでした。これらの制度は、まだ近代的な保険数理や確率論に基づいたものではありませんでしたが、集団の力でリスクを分散させるという基本的な思想は、現代の保険と共通しています。
江戸時代の「講」「頼母子講」など、相互扶助組織の仕組み
日本においても、古くから相互扶助の文化が根付いていました。その代表的なものが「講(こう)」です。伊勢参りや富士山登拝などの旅費を積み立てる「伊勢講」「富士講」はよく知られていますが、これ以外にも様々な目的の講が存在しました。
例えば、火災や災害に備える「火災講」や「水難講」もその一つです。村や町内の住民が定期的に金銭や米を出し合い、積み立てておき、誰かの家に火災や水害が発生した際に、その積み立て金から援助を行うという仕組みでした。
また、「頼母子講(たのもしこう)」は、金融的な相互扶助組織として機能しました。これは、複数の人々が集まり、定期的に一定額を出し合って、毎回抽選や入札によって一人の者にまとめて貸し付けるというものです。急な出費や事業資金が必要な人にとって、利息を払うことなく資金を調達できるメリットがありました。これらの講は、血縁や地縁に基づく強固なコミュニティの中で、信頼関係を基盤として成り立っており、現代の共済組合や相互扶助組織の源流と言えます。
3. 火消し・共同体による保険
江戸の火消し組合 → 火災リスクを分担
江戸の町は、木造建築が密集しており、火災は最も恐れられる災害でした。当時は、火事がひとたび発生すれば、瞬く間に町全体に延焼する危険がありました。このようなリスクに対処するため、江戸の町民は「火消し組合」を結成し、自警団として機能していました。町人や大工、鳶職人などが中心となり、自分の持ち場を決め、互いに協力して消火活動にあたる仕組みです。
この火消し組合は、単なる消火活動だけでなく、火災によって家を失った人々を支援する役割も担っていました。組合員が事前に費用を出し合い、火事の際には共同で被災者の再建を助けるという、いわば「火災保険」の機能を果たしていたのです。特定の専門業者ではなく、住民自らが主体となってリスクを分担し、助け合うという点が、相互扶助の精神を色濃く反映しています。
ヨーロッパの大火を契機に誕生した火災保険
ヨーロッパでも、大規模な火災は都市の存続を脅かす深刻な問題でした。特に、1666年に発生した「ロンドン大火」は、火災保険の歴史に大きな転機をもたらしました。この大火により、ロンドンの中心部はほぼ壊滅し、多くの市民が家を失いました。この壊滅的な被害を目の当たりにした人々は、個人の力では対処できない大規模リスクへの備えの必要性を痛感します。
この教訓から、建築家であったニコラス・バーボンが1681年に世界初の火災保険会社を設立しました。彼は、火災リスクを統計的に算定し、保険料を徴収して、火災で損害を被った人々に保険金を支払うという、現代の保険会社とほぼ同じビジネスモデルを確立しました。それまでの相互扶助がコミュニティ内の信頼関係に依拠していたのに対し、この火災保険会社は、不特定多数の契約者から保険料を集め、より広範なリスク分散を可能にした点で画期的でした。
「組合」から「会社」への進化
相互扶助の仕組みは、もともと特定のコミュニティや組合の内部で、信頼と地縁を基盤に成り立っていました。しかし、産業革命や都市化が進むにつれて、人々の社会的なつながりは希薄になり、より広範な人々を対象とする新たな仕組みが必要となりました。ここで登場したのが、「会社」という形態です。
保険会社は、専門的な知識を持つ専門家(アクチュアリーなど)がリスクを統計的に分析し、公正な保険料を算定します。そして、不特定多数の人々から保険料を集め、それを一つの巨大なプール(保険料プール)として管理し、事故が発生した際に保険金を支払うというビジネスモデルを確立しました。
この進化は、相互扶助の精神を維持しつつも、より効率的で大規模なリスク分散を可能にしました。これにより、保険は一部のコミュニティに限定されたものではなく、社会全体を支えるインフラへと変貌を遂げたのです。
4. 近代保険制度の誕生
ロンドンのロイズ(船乗りの保険から始まった)
近代保険制度の発展において、ロンドンは中心的な役割を果たしました。特に有名なのが「ロイズ(Lloyd's of London)」です。17世紀後半、エドワード・ロイドのコーヒーハウスは、船主や商人、投資家たちが集まる交流の場でした。この場所で、彼らは互いに船舶の航海情報を交換し、個々の航海のリスクを分担する契約を結んでいました。この習慣が、やがて組織化され、今日のロイズの原型となりました。
ロイズは、特定の保険会社ではなく、保険引き受けを専門とする個々の引き受け業者(シンジケート)の集合体です。
船主は、航海の保険を求める際、このコーヒーハウスを訪れ、リスクを引き受けてくれる引き受け業者(アンダーライター)を募ります。アンダーライターは、リスクの一部を引き受けることで、成功した航海からは報酬を得る一方で、事故が起きた際にはその分の損害を負うことになります。この仕組みは、リスクを複数の引き受け業者に分散させることで、個々の破産リスクを軽減し、大規模な海上貿易を可能にしました。
19世紀の産業化と生命保険の広がり
19世紀に入り、産業革命が本格化すると、都市への人口集中が進み、家族や地域社会のつながりはさらに弱まりました。また、工場での労働は危険を伴い、労働者が事故や病気で死亡した場合、残された家族は生活に困窮するリスクが高まりました。こうした社会の変化が、生命保険の需要を急速に拡大させました。
生命保険は、個人の死亡リスクを金銭的にカバーする仕組みです。生命保険会社は、統計学や確率論(アクチュアリーサイエンス)を駆使して、年齢や健康状態に基づく死亡率を正確に算出し、適切な保険料を決定しました。
これにより、多くの人々が手頃な費用で、家族の将来に備えることができるようになりました。生命保険の広がりは、個人の生活を安定させるだけでなく、経済全体にも大きな影響を与えました。保険会社が集めた巨額の保険料プールは、鉄道や工場といったインフラ投資の重要な資金源となり、産業化を後押ししたのです。
日本における明治期の生命保険(第一生命、明治安田生命など)
日本に近代的な保険制度が導入されたのは、明治時代以降のことです。1881年に西郷隆盛の弟である西郷従道が中心となって設立された「明治生命保険」や、1888年に創立された「第一生命保険」などが、日本の近代生命保険の草分けとなりました。当時の日本は、急速な欧米化を進めており、西洋の進んだ社会システムや金融技術を積極的に取り入れました。
これらの会社は、単に西洋の制度を模倣しただけでなく、日本の文化や社会情勢に合わせた形で保険を普及させました。明治維新後の混乱期において、人々の生活は不安定であり、万が一の事態に備えることの重要性は、多くの人々に受け入れられました。当初は富裕層や知識人を中心に広まりましたが、次第に一般庶民にも浸透していきました。これにより、生命保険は、日本の家族制度や社会の安定を支える重要な柱の一つとなったのです。
5. 現代の保険モデルと課題
保険会社モデル(保険料プール、リスク分散)
現代の保険モデルは、基本的に「保険会社」を中心として機能しています。このモデルでは、保険会社が契約者から集めた保険料を「保険料プール」として管理し、そのプールから保険金の支払いを行います。
また、保険会社は、複数の保険を引き受けることで、個々のリスクを分散させます。例えば、自動車保険であれば、事故を起こさない多数の契約者の保険料が、事故を起こした少数の契約者の保険金支払いに充てられる仕組みです。
保険会社は、統計データや過去の事故事例などを用いて、保険料を算定します。これにより、特定の契約者グループに対して公平な保険料を提示し、持続可能なビジネスモデルを確立しています。さらに、保険料の運用益を上げることで、会社の利益を確保し、事業を拡大していきます。このモデルは、社会全体のリスクを効率的に分散させ、個々の経済的安定を支える上で、極めて有効な仕組みです。
課題:不透明な保険料算定、支払いの遅延、契約者と会社の情報非対称性
現代の保険モデルは高度に発展しましたが、いくつかの根深い課題も抱えています。
第一に、不透明な保険料算定です。
保険料は、保険会社が保有する膨大なデータに基づいて決定されますが、その算定プロセスは一般の契約者にはブラックボックスとなっています。契約者は、提示された保険料が本当に公正なものなのかを判断することが難しく、保険会社を信頼するしかありません。この不透明性は、しばしば不信感の温床となります。
第二に、支払いの遅延です。
保険金は、契約者が被った損害を補填するために支払われますが、その支払いプロセスは複雑で時間がかかる場合があります。特に、大規模な災害や複雑な事故の場合、保険金の支払いが遅れ、被災者の生活再建を妨げることがあります。
第三に、契約者と会社の情報非対称性です。
保険会社は、専門家や統計データを持つ一方で、契約者は自身の情報しか持っていません。この情報の非対称性は、保険会社が常に有利な立場に立つことにつながります。例えば、保険金の支払いにおいて、契約者が知らない複雑な条件や免責事項を理由に、支払いが拒否されるケースも少なくありません。
「保険は必要だが、不信感がつきまとう」問題
こうした課題は、多くの人々が「保険は必要不可欠だが、どこか不信感がつきまとう」という感情を抱く原因となっています。保険は、本来「安心」を提供するためのものですが、不透明なプロセスや複雑な手続き、そして情報の非対称性によって、かえって不安や不満を生み出すこともあります。
この不信感を解消し、より透明で、効率的で、公平な保険システムを構築することが、今後の大きな課題です。web3は、この課題に対して全く新しいアプローチを提案しています。後編では、ブロックチェーン技術が、古代から続く相互扶助の精神をどのように現代に蘇らせ、保険のあり方を根本から変えようとしているのかを詳しく見ていきたいと思います。
免責事項:リサーチした情報を精査して書いていますが、個人運営&ソースが英語の部分も多いので、意訳したり、一部誤った情報がある場合があります。ご了承ください。また、記事中にDapps、NFT、トークンを紹介することがありますが、勧誘目的は一切ありません。全て自己責任で購入、ご利用ください。
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