おはようございます。
web3リサーチャーのmitsuiです。
今日はweb3の基礎の基礎レポートということで「イーサリアム」について改めて解説します。よくある疑問20個に答えていく形式にしました。
11. EIPとは何か?――改良提案という“設計図”
イーサリアムはオープンソースなので、誰でも「こう変えたら便利になるはず」という提案を出せます。その提案書が EIP(Ethereum Improvement Proposal) です。
EIP には「課題の背景」「解決したい理由」「具体的な仕様」「代替案との比較」「参考実装」などが書かれ、コミュニティ全員が GitHub 上で確認できます。EIP‑1 という最初のドキュメントが「書式」や「採択までの手順」を定めており、以降のすべての提案がこのフォーマットに従います。
EIP が採択されると、次のハードフォーク(ネットワークアップグレード)の候補に入り、テストネットで動作確認を経てメインネットに統合されます。こうしてイーサリアムは“バージョンアップし続ける公共インフラ”として成長してきました。
12. EIPはどう採択されるのか?――みんなで磨き上げる合意形成
EIP のライフサイクルは大きく五段階です。
Draft(草案)
提案者が GitHub にプルリクエストを送り、番号が発行されると世界中の開発者がレビューできます。ディスカッション
開発者会議(All Core Devs)、研究フォーラム、SNS などで活発な議論が行われます。疑問点や懸念事項が解消されないと次の段階へ進めません。Last Call & Review
「ほぼ固まった」と判断されると、最低14日間の再公募期間に入り、文言や仕様の抜け漏れが最終チェックされます。実装とテストネット
少なくとも二つのクライアントで動作する“リファレンス実装”を作り、テストネットでバグ出しをします。Mainnet統合(Final)
ハードフォーク名(たとえば Cancun)とともにメインネットへデプロイされ、正式仕様に昇格します。
この“ゆっくり急ぐ”プロセスが、中央管理者なしでもネットワークを安全に更新できる理由です。
13. ERCとは何か?――アプリ開発者のための共通語
EIP の中には、スマートコントラクトのインターフェース仕様を定めるものがあります。これが ERC(Ethereum Request for Comment) です。
ERCに準拠すれば、取引所・ウォレット・dApp が追加開発なしで新トークンや新サービスを扱えます。言い換えると、ERC は“アプリ層のプロトコル標準”で、EIP は“土木工事(チェーンの根幹)”です。
開発者は「ERC に合わせて関数名やイベント名を実装するだけ」で、エコシステム全体と即座に互換性を得られるため、イーサリアムが“プラットフォームとして拡大しやすい”理由の一つになっています。
14. 代表的なERC規格とは?――トークン標準の三本柱
ERC‑20
最も一般的な“ファンジブルトークン”の規格です。transfer
やapprove
関数が決まっているおかげで、取引所やウォレットはどの ERC‑20 でも同じ操作で入出金を処理できます。ICO やステーブルコインはほぼ例外なく ERC‑20 で実装されました。ERC‑721
“ノンファンジブルトークン(NFT)”を初めて普及させた規格です。各トークンに一意のtokenId
とメタデータ URI を紐付けられるため、デジタルアートやゲームアイテムの所有権を証明できます。ERC‑1155
単一コントラクトで複数種類の FT/NFT をまとめて扱える“マルチトークン”規格です。ゲーム内通貨とアイテムを一緒に管理したいときに便利で、ガスコスト削減にもつながります。
これら三本柱が整ったことで、誰でも数行のコードで独自トークンを発行でき、アプリケーションのアイデアが高速に実装・流通する環境が整いました。
15. レイヤー2(L2)とは何か?――ロールアップで詰まりを解消
イーサリアム本体(レイヤー1)は分散性と安全性を優先しているため、ブロック容量が小さく、混雑すると手数料が高騰します。そこで登場したのが L2(ロールアップ) です。ロールアップは「大量のトランザクションをまとめて検証し、結果だけを L1 に書き戻す」仕組みで、処理能力を10~100倍にまで引き上げられます。
Optimistic Rollup
何も問題がなければ結果をそのまま L1 に投稿し、異議申し立てがあったときだけ「Fraud Proof(不正証明)」で巻き戻す方式です。Arbitrum や OP Mainnet が代表例で、入出金には1週間程度の待機期間があります。ZK Rollup
各バッチの正当性をゼロ知識証明で一括検証します。数学的に即時保証されるため出金待機がほぼ不要で、ゲームや決済系アプリに好まれます。zkSync や Starknet が有名です。
L2 は“イーサリアムの渋滞を高速道路でバイパスする”イメージで、ユーザー体験を劇的に向上させます。今後はロールアップ間のシームレスなブリッジや、複数ロールアップを安全に束ねる“共有シーケンサー”も研究されています。
16. シャーディングとは何か?――Proto‑Dankshardingが切り開く未来
ロールアップが「処理を外に逃がす」なら、シャーディングは「そもそもチェーンを細かく割る」発想です。完全なシャーディングは数年計画ですが、その第一歩が EIP‑4844(Proto‑Danksharding) です。
Proto‑Danksharding では「Blob(ブロブ)」と呼ばれる軽量データ領域をブロックに追加します。ブロブは短期間だけ保存すればよく、ロールアップが必要なときだけ取得できれば良いため、L1 のブロックサイズを肥大させません。将来的には、
データ可用性サンプリング(DAS)
数百~千のシャードへの水平分割
シャード間リンクによる整合性確保
というステップで“本格シャーディング”へ移行し、理論上は十万 TPS 規模まで到達すると期待されています。
17. Ethereumクライアントとは何か?――多様性が守るネットワーク
イーサリアムを動かすソフトウェアは一種類ではありません。主な Execution クライアント(トランザクション処理担当)と Consensus クライアント(PoS バリデーション担当)を紹介します。
Geth(Go)
最古参でシェアが高く、豊富なドキュメントが魅力です。Erigon(Go 派生)
高速同期と省ディスクを追求した実装で、アーカイブノードを構築するときに人気があります。Nethermind(.NET)
Windows でもネイティブに動き、JSON‑RPC が高速です。Besu(Java)
エンタープライズ用途やプライベートチェーンで採用例が多いです。Lighthouse / Prysm / Teku / Nimbus(Consensus)
PoS のバリデーター業務を専門に扱います。
クライアントが多様であるほど「特定実装のバグで全チェーンが停止するリスク」が減り、ネットワークはより頑健になります。実際、コミュニティは“シェアが片寄り過ぎないように別クライアントを使ってほしい”と呼びかけています。
18. 状態管理に使われるデータ構造は何か?――Merkle Patricia Trieの仕組み
イーサリアムのアカウント残高やコントラクト変数は、Merkle Patricia Trie(MPT) というデータ構造に格納されています。
Merkle 部分
各ノードがハッシュでチェーン状に連結され、ルートハッシュを比較するだけで“全体が同一か”検証できます。Patricia 部分
共通プレフィクスを一つの枝にまとめ、無駄なノードを省くことでストレージ効率を高めています。
この構造のおかげで、ライトクライアントやロールアップは“ルートハッシュ+数本の枝”だけをダウンロードすれば、巨大なネットワーク状態を安全に検証できます。結果として、モバイルデバイスでもイーサリアムのセキュリティを享受できるのです。
19. アカウント抽象化とは何か?――ウォレットUXの大改革
従来のウォレットは「秘密鍵1本で全資産を管理する」仕組みでした。鍵を失くしたら資産も消え、友人に操作を代行してもらうこともできません。これを解決するのが ERC‑4337 アカウント抽象化(AA) です。
ERC‑4337 は、従来のトランザクションに似た UserOperation という仕組みを導入し、ウォレットをスマートコントラクト化します。これにより、
多重署名・SNS 回復・時間制限付き承認 など高度な権限管理が簡単に実装できます。
ガス代の第三者負担(ペイマスター) によって、ユーザーがETHを持っていなくても取引を実行できます。
定額サブスクリプションや自動支払い をコントラクトレベルで安全に組み込めます。
AA は「鍵管理が難しすぎて一般ユーザーが入ってこられない」という最大の障壁を一気に下げる革命的な提案と言われています。
20. MEVとは何か?――取引順序で生まれる“見えない手数料”
MEV(Miner / Maximal Extractable Value) は、ブロック提案者が「トランザクションの並び順」や「追加挿入」を操作することで得られる余剰利益です。たとえば、DEX の大口注文を検知して前後を自分の注文で挟む“サンドイッチ攻撃”が有名です。
PoS に移行したイーサリアムでは Proposer‑Builder Separation(PBS) という新構造が広がりました。Flashbots が公開した MEV‑Boost を使うと、
Builder が最も利益の高いトランザクションバンドルを作り、入札価格を添えて Proposer に提出します。
Proposer(バリデーター)は最高額のバンドルを選び、自身のブロックとしてネットワークに流します。
こうして MEV は“半透明の公開オークション”へと姿を変え、多くのバリデーターが追加報酬を得ています。とはいえ、公平性や末端ユーザーへの影響は未解決課題で、SUAVE など暗号学的にプライバシーを保ちつつ公平な分配を実現するプロジェクトも進行中です。
おわりに
前編で学んだ“基礎”のうえに、後編では EIP/ERC の標準化プロセス、ロールアップとシャーディングによるスケーリング戦略、クライアント多様性が守るセキュリティ、データ構造の工夫、そしてウォレット体験を刷新するアカウント抽象化や MEV の最前線まで、イーサリアムの内部構造を解説しました。
イーサリアムの面白さは「誰でも提案でき、誰でも実装でき、採用されればネットワーク全体がバージョンアップする」という“永続的オープンイノベーション”にあります。EIP を読んで議論に参加するのも自由ですし、ERC‑4337 を使って独自ウォレットを開発することも可能です。
今後も土日の昼12時には基礎レポートを更新していきますので、ぜひ楽しみにお待ちください。
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