おはようございます。
web3リサーチャーのmitsuiです。
毎週土日のお昼にはweb3の基礎の基礎レポートを更新しています。今週は「ドメイン」について解説します。ぜひ最後までご覧ください!
はじめに
ENSが解決する課題の振り返り
前編では、現在のインターネットの基盤となっているDNSシステムの仕組みと、その40年間の運用で明らかになった構造的な限界について解説しました。DNSは確かに革新的なシステムでしたが、Web3時代を迎えた現在、以下のような根本的な課題が顕在化しています。
中央集権的な管理体制による検閲の脆弱性は、政府や企業の判断によって特定のサイトへのアクセスが制限される問題です。トルコでのTwitter遮断やエジプトでのインターネット完全遮断など、実際の事例が示すように、DNSの階層構造は検閲の実行を比較的容易にしています。
セキュリティの後付け対応の限界も深刻です。1980年代に設計されたDNSプロトコルは本来セキュリティを想定しておらず、DNSSECのような追加的なセキュリティ機能は複雑で普及が困難です。DNSキャッシュポイズニング攻撃のような脅威に対する根本的な解決策は、既存システムとの互換性の問題で実現が困難な状況です。
機能的制約の問題では、DNSが基本的にドメイン名とIPアドレスの対応付けに特化しており、web3時代に求められる多様な機能には対応できていません。暗号通貨アドレス、分散ストレージのファイルハッシュ、NFTメタデータ、スマートコントラクトアドレスなど、新しいタイプのデジタル資産への統一的なアクセス方法が必要とされています。
ENSの登場とその革新性
ENS(Ethereum Name Service)は、web3時代の要件を満たすために開発された分散型名前解決システムです。2017年にサービスを開始し、現在では300万を超えるドメインが登録される、web3における最も成功したインフラストラクチャの一つとなっています。
ENSの根本的な革新性は、従来の中央集権的な管理者を排除し、すべての名前管理をEthereumブロックチェーン上のスマートコントラクトで行うことです。これにより、政府や企業による検閲や一方的なサービス停止が技術的に不可能になります。
また、ENSは単なるDNSの代替品ではなく、web3時代の包括的なデジタルアイデンティティシステムとして設計されています。一つのENSドメイン(例:alice.eth)で、Ethereumアドレス、IPFSファイル、ソーシャルメディアプロフィール、さらには他のブロックチェーンのアドレスまで統一的に管理できます。
ENSの基本構造
スマートコントラクトによる分散型名前管理
ENSの最も革新的な特徴は、従来の中央集権的な管理者を完全に排除し、すべての名前管理をEthereumブロックチェーン上のスマートコントラクトで実行することです。スマートコントラクトとは、ブロックチェーン上で自動実行されるプログラムで、一度デプロイされると人間の介入なしに規定されたルールに従って動作し続けます。
従来のドメイン登録システムでは、ドメイン登録会社(レジストラ)の担当者が手動でデータベースを更新し、料金の支払い確認や更新手続きも人間が処理していました。そのため、人為的なミス、システム障害、さらには政治的圧力による恣意的な処理が発生する可能性がありました。
ENSでは、これらすべての処理がスマートコントラクトによって自動化されています。ドメインの登録、更新、移転、解決記録の変更など、すべての操作が事前に定義されたプログラムコードに従って実行され、人間による恣意的な介入は技術的に不可能です。
例えば、あなたが「alice.eth」というドメインを登録したい場合、ENSスマートコントラクトは利用可能性の確認、登録料金の支払い確認、所有権の記録、有効期限の設定を自動で実行します。これらの処理は、プログラムコードに従って機械的に実行され、ENSの開発者であっても事後的に変更や取り消しを行うことはできません。
レジストリ、レジストラ、リゾルバの役割分担
ENSは、機能を明確に分離した3つの主要コンポーネントで構成されています。この設計により、システムの柔軟性と拡張性を確保しながら、セキュリティと効率性を両立しています。
ENSレジストリ:ENSシステムの中核となるスマートコントラクトです。全世界のすべてのENSドメインの所有権情報を一元管理する、いわば「世界規模のデジタル登記簿」です。レジストリは「誰がそのドメインを所有しているか」という権利関係のみを管理し、「そのドメインが何を指しているか」という具体的な解決情報は管理しません。
ENSレジストラ:特定のドメイン階層(例:.ethドメイン)の新規登録と更新を管理するスマートコントラクトです。現在の.ethドメインは年間約5ドル相当のETHで登録でき、3文字のドメインは年間640ドル、4文字は160ドル、5文字以上は5ドルという段階的な料金体系が採用されています。
ENSリゾルバ:ENSドメインの具体的な解決情報(そのドメインが何を指しているか)を管理するスマートコントラクトです。リゾルバが管理する情報には、Ethereumアドレス、他の暗号通貨アドレス、IPFSコンテンツハッシュ、従来のDNSレコード、テキストレコード、スマートコントラクトのインターフェース情報などがあります。
従来DNSとの違い
ENSと従来のDNSの最も大きな違いは、管理の中央集権性vs分散性にあります。DNSでは、各階層で特定の組織が管理権限を持っており、その組織の判断により一方的にサービスが停止される可能性があります。一方、ENSでは、ブロックチェーン上のプログラムが管理を行うため、特定の個人や組織による恣意的な介入は不可能です。
また、機能面でも大きな違いがあります。DNSは基本的にドメイン名とIPアドレスの対応付けに特化していますが、ENSは暗号通貨アドレス、分散ストレージファイル、ソーシャルメディア情報など、Web3時代のあらゆるデジタル資産を統一的に管理できます。
名前登録フローと実用性
現在の登録システム
ENSの名前登録システムは、ユーザビリティとセキュリティのバランスを取りながら進化してきました。当初は複雑なオークションシステムが採用されていましたが、2019年に大幅な改革を実施し、現在の「フラット料金システム」を導入しました。
現在の登録プロセスは非常にシンプルです。ENS公式アプリにアクセスし、Ethereumウォレットを接続して、希望するドメイン名を検索します。利用可能な場合は、登録期間(最低1年、最大100年)を選択し、2段階のトランザクションで登録を完了します。
この2段階プロセスは、「フロントランニング攻撃」を防ぐためのセキュリティ機能です。コミット段階では登録内容が暗号化されているため、他者があなたの希望ドメインを先取りすることができません。
実際の利用例
ENSドメインの実用性は、その多様な利用例によって証明されています。
暗号通貨の送金:最も基本的な利用例は、暗号通貨の送金です。従来のように「0x1234567890123456789012345678901234567890」のような長いアドレスを使用する代わりに、「alice.eth」のような覚えやすい名前で送金を受け取ることができます。これにより、アドレスの入力ミスによる送金事故のリスクが大幅に軽減されます。
分散型ウェブサイトの公開:ENSとIPFS(InterPlanetary File System)を組み合わせることで、従来のWebサーバーに依存しない分散型ウェブサイトを公開できます。コンテンツはIPFSネットワーク上に分散保存され、ENSドメインを通じてアクセス可能になります。これにより、検閲に強く、サーバー障害のリスクがない、コスト効率の高いウェブサイト運営が可能になります。
デジタルアイデンティティの統合:ENSドメインには、メールアドレス、GitHub、Twitter、Discordなどのソーシャルメディア情報を設定できます。これにより、一つのENSドメインがその人の包括的なデジタルプロフィールとして機能し、web3時代の「名刺」のような役割を果たします。
DNSとの連携と互換性
DNSインポート機能
ENSの革新的な特徴の一つは、既存のDNSドメインとのシームレスな連携機能です。この機能により、既存のウェブサイト運営者は、従来のドメインを維持しながらweb3の恩恵を受けることができます。
DNSインポート機能の仕組みは比較的シンプルです。ドメイン所有者が、自分のDNSゾーンにENS専用のTXTレコードを追加し、そこに所有者のEthereumアドレスを記載します。ENSシステムがDNSSECを利用してこのレコードの真正性を確認し、対応するENSドメインの所有権を付与します。
例えば、「example.com」の所有者がENSインポートを行う場合、DNSに「_ens.example.com. IN TXT "a=0x1234..."」のようなレコードを追加します。ENSシステムがこのレコードの存在を確認すると、「example.com」ENSドメインの所有権が指定されたEthereumアドレスに付与されます。
段階的移行戦略
ENSとDNSの連携機能は、Web2からweb3への段階的移行を可能にする重要な橋渡し役を果たしています。既存のビジネスを継続しながら新技術の恩恵を受けられる現実的なアプローチです。
最初の段階では、既存のDNSドメインをENSにインポートし、基本的なweb3機能を有効化します。この段階では、既存のWebサイト運営には一切影響を与えず、純粋に機能追加として実装されます。
第2段階では、従来のDNS解決とENS解決を並行して提供するハイブリッド運用を実装します。web3対応ブラウザからのアクセス時はENS経由でIPFS版サイトを表示し、従来ブラウザからのアクセス時は通常のWebサーバーからコンテンツを配信します。
最終段階では、従来のWebサーバーに依存しない完全分散型システムへ移行します。ただし、この段階は現在の技術成熟度では、限定的な用途での実装にとどまっています。
セキュリティとガバナンス
ENSにおける権利放棄機能
ENSのセキュリティモデルにおいて、最も興味深い機能の一つが「権利放棄機能」です。これは、従来の中央集権的システムでは考えられない、web3ならではの革新的なセキュリティ機能です。
ENSは当初から分散化を目指して設計されましたが、開発初期段階では開発チームが一定の管理権限を保持していました。これは、予期しない技術的問題に対応するための安全策でしたが、同時に中央集権的なリスクも内包していました。
ENSチームは段階的にこれらの権限を放棄し、コミュニティガバナンスに移行する計画を実行しました。権利放棄は、スマートコントラクトレベルで実装される不可逆的な操作です。一度権利を放棄すると、技術的にその権限を回復することは不可能になります。
ENS DAOによる分散型ガバナンス
2021年11月、ENSは完全な分散型ガバナンスへの移行を完了しました。ENS DAOの設立により、システムの将来的な発展はコミュニティの民主的な意思決定によって行われるようになりました。
ENS DAOのガバナンストークンである「ENS」は、過去のドメイン登録者と貢献者に対して遡及的にエアドロップされました。この配布方法は、実際にシステムを使用し、その価値向上に貢献した人々に投票権を付与するという理念に基づいています。
ENS DAOでは、「Proposal」と呼ばれる提案システムを通じて重要な決定が行われます。提案プロセスはコミュニティフォーラムでの非公式な意見収集から始まり、正式提案の作成、ENSトークンホルダーによる投票、可決された提案の技術的実装という段階を経ます。
セキュリティ脅威への対応
ENSは分散型システムの利点を享受していますが、新しいタイプのセキュリティ脅威にも直面しています。フロントランニング攻撃への対策として「コミット・リビール」スキームが採用され、ドメインスクワッティング問題への対応としてプレミアム価格設定が導入されています。
また、スマートコントラクトの脆弱性対策として、形式検証の実施、複数の独立したセキュリティ会社による監査、バグバウンティプログラムの運営などが行われています。
実用例と未来への展望
現在の活用事例
ENSは既に多くの実用的な場面で活用されています。個人利用では、覚えやすい暗号通貨アドレスとしての利用、分散型ウェブサイトの公開、ソーシャルメディアプロフィールの統合などが人気です。
企業利用では、ブランド保護のためのドメイン登録、分散型バックアップサイトの構築、Web3顧客との接点構築などの用途で利用されています。多くの暗号通貨プロジェクトや NFT クリエイターが、ENSドメインをブランドアイデンティティの一部として活用しています。
開発者コミュニティでは、dAppの認証システム、スマートコントラクトの名前解決、開発者ポートフォリオの公開などにENSが活用されています。
技術的発展の方向性
ENSの技術とエコシステムは急速に進化を続けており、さらなる機能拡張と普及が期待されています。
レイヤー2との統合:現在のENSはEthereumメインネット上で動作しているため、ネットワーク混雑時には高いガス代とトランザクション遅延が発生します。この問題を解決するため、レイヤー2ソリューション(Polygon、Arbitrum、Optimismなど)との統合が積極的に進められています。
多チェーン対応の拡大:ENSは現在でも60種類以上の暗号通貨アドレスをサポートしていますが、今後はより幅広いブロックチェーンエコシステムとの統合が予定されています。Cosmos、Polkadot、Solana、Cardanoなど、主要なブロックチェーンプラットフォームとの連携により、ENSは真の意味での「マルチチェーン名前空間」となります。
Web2との統合深化:ENSの真の普及には、既存のWeb2インフラストラクチャとのシームレスな統合が不可欠です。ブラウザネイティブサポートの拡大、メールクライアントとの統合、ソーシャルメディアプラットフォームとの連携などが進められています。
社会的インパクトと課題
ENSが実現する分散型の名前空間は、単なる技術的改善を超えて、社会的・政治的な意義を持っています。
デジタル主権の実現:ENSは、個人がデジタル空間における真の主権を獲得することを可能にします。政府や企業の恣意的な判断に依存することなく、個人が永続的にデジタルアイデンティティを維持できる仕組みは、デジタル時代の基本的人権の確立と言えるでしょう。
表現の自由の技術的保障:検閲に強いインフラストラクチャとして、ENSは表現の自由を技術的に保障します。政治的・社会的な理由でアクセスが制限される心配なく、個人や組織が自由に情報発信できる環境を提供します。
課題と今後の展望:一方で、ENSが広く普及するためには、いくつかの課題への対応が必要です。スケーラビリティとコスト効率性の改善、ユーザビリティの継続的向上、セキュリティの継続的強化、法的・規制環境への適切な対応などが重要な課題として挙げられます。
まとめ:新しいインターネットの基盤として
パラダイムシフトの実現
ENSは、単なる技術的な改良にとどまらず、インターネットの根本的な性質を変革する可能性を秘めています。前編で詳しく解説したDNSの40年間の歴史と限界を踏まえると、ENSが提供する分散化、検閲耐性、プログラマビリティは、次世代インターネットに不可欠な特性であることが明らかです。
ENSは、「インターネットは誰のものか」という根本的な問いに対して、明確な答えを提示しています。従来のインターネットが特定の国家や企業の影響下にあったのに対し、ENSが示すweb3インターネットは、真の意味でグローバルコミュニティの共有財産となっています。
個人のエンパワーメント
最終的に、ENSの最も重要な価値は、個人一人ひとりがデジタル時代において真の主体性を獲得できることです。「alice.eth」というシンプルな名前の背後には、その人のデジタルライフのすべてが集約され、それを完全に自分でコントロールできる世界が実現されています。
これは、大手プラットフォーム企業に依存することなく、政府の検閲を恐れることなく、自分らしいデジタル表現を追求できる自由を意味します。
持続可能な発展モデル
ENS DAOによる分散型ガバナンスは、グローバルなデジタルインフラストラクチャの持続可能な発展モデルを示しています。中央集権的な組織による一方的な決定ではなく、ステークホルダー全体の民主的な意思決定により、システムの進化方向が決定されています。
以上、分散型ドメインに関しての基礎レポートでした。既存DNSの仕組みとそれに対するENSの仕組みの基礎が理解できると幸いです!
免責事項:リサーチした情報を精査して書いていますが、個人運営&ソースが英語の部分も多いので、意訳したり、一部誤った情報がある場合があります。ご了承ください。また、記事中にDapps、NFT、トークンを紹介することがありますが、勧誘目的は一切ありません。全て自己責任で購入、ご利用ください。
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Author:mitsui @web3リサーチャー
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