おはようございます。
web3リサーチャーのmitsuiです。
毎週土日のお昼にはweb3の基礎の基礎レポートを更新しています。今週は「株式会社とDAO」について解説します。ぜひ最後までご覧ください!
はじめに:DAOを"制度"として理解する
1. DAOの最小構成要素:技術アーキテクチャの詳細解析
2. 法的ラッパー:ワイオミング DAO LLC
3. ガバナンスの"作法":代表的DAOの実例
4. 投票モデルをアップデートする:民主主義の技術的進化
5. 「人が投票しない」問題と、その解き方
6. 後編まとめ
はじめに:DAOを"制度"として理解する
DAOは単なる"チャット+投票"の仕組みではありません。
真のDAOが機能するためには、
資金管理(トレジャリー)
ルール執行(スマートコントラクト)
意思決定プロセス(ガバナンス)
法的包摂(ラッパー/登記)、
人の参加(動機づけとUX)
という5つの要素が有機的に結合して初めて"制度"として機能します。
前編で見てきたように、株式会社制度は数世紀をかけて、資本調達、意思決定、責任分担、利害調整の複雑なシステムを段階的に構築してきました。DAOは、この歴史的蓄積を一朝一夕に置き換えるものではなく、新たな技術的可能性を活用して既存制度の限界を克服し、新たな価値を創造する試みです。
後編では、DAOをどう組み立てるかを、実際の事例に沿って詳細に解説します。
1. DAOの最小構成要素:技術アーキテクチャの詳細解析
(1) 議論と提案:コミュニティ形成の基盤
DAOの意思決定プロセスは、通常非構造化議論から始まります。
フォーラム(Commonwealth、Discourse)やDiscordなどのコミュニケーション・プラットフォームで、コミュニティメンバーが自由に議論を展開し、アイデアを醸成します。この段階では、厳格なルールよりも、多様な視点と創発的なアイデアの創出が重視されます。
議論が収束に向かうと、提案ドラフトの作成段階に移ります。多くのDAOでは、提案の標準フォーマット(Ethereum Improvement Proposal / EIPのような構造)を採用し、背景、目的、実装方法、予算、成功指標などを明文化することを求めます。この段階での構造化により、後の投票段階での判断材料の質が大きく左右されます。
重要なのは、この段階での感情測定(sentiment polling)です。Snapshot等を使用したオフチェーン投票により、ガス代ゼロで幅広いコミュニティメンバーが意見表明できます。これにより、正式な提案に進む前にコミュニティの関心度や賛否を把握し、提案の精緻化や撤回の判断ができます。
ただし、オフチェーン投票の結果は法的拘束力を持たず、執行は別経路が必要です。この段階での投票は、あくまで「世論調査」に近い性格を持ち、実際の資金移動や契約変更には追加的な手続きが必要になります。
(2) オンチェーン投票・執行:制度化された意思決定
本格的な意思決定段階では、Tally、Boardroom、Sybil等のガバナンス・プラットフォームを介して、オンチェーン投票が実施されます。これらのプラットフォームは、提案→投票→実行までの一連のプロセスを自動化します。
オンチェーン・ガバナンス・システムの設計パラメータには以下があります。
提案閾値(Proposal Threshold):提案を行うために必要な最小ガバナンストークン数。高すぎると参加が制限され、低すぎるとスパム提案が増加します。
投票遅延(Voting Delay):提案が公開されてから投票開始までの期間。この間にコミュニティは提案内容を検討し、デリゲートは方針を決定します。通常1-3日程度が設定されます。
投票期間(Voting Period):実際の投票が開催される期間。短すぎると十分な参加が得られず、長すぎると執行の遅延が問題となります。3-7日が標準的です。
定足数(Quorum):議決成立に必要な最小参加率。低すぎると少数による決定が可能になり、高すぎると決定不能に陥ります。総供給量の4-10%程度が一般的です。
タイムロック(Timelock):投票可決後、実際の執行までの待機期間。この間にコミュニティは結果を検証し、問題がある場合には緊急停止などの対応を検討できます。
これらのパラメータの組み合わせにより、セキュリティと効率性、包摂性と決定力、民主性と専門性などの根本的なトレードオフが調整されます。
(3) トレジャリー管理:資産保全とリスク管理
DAOの資産管理は、Gnosis Safe(現Safe)を基盤としたマルチシグネチャウォレットが標準的です。Safeは、複数の署名者のうち事前に設定された閾値(例:5人中3人)の署名がそろった場合のみ取引を実行する仕組みを提供します。この設計により、単一障害点を排除し、内部者による資産の不正利用を防止します。
SafeSnap(Zodiac Reality module)と呼ばれる仕組みを利用し投票結果を反映させることも多く見られます。これはSnapshotのオフチェーン投票結果をオラクルネットワークを経由してオンチェーンで自動執行する橋渡し機能を提供します。この仕組みにより、低コストでの意思表示(オフチェーン投票)と確実な執行力(オンチェーン実行)を両立させる「コストと分散性の折衷」を実現しています。
技術的な流れは以下の通りです。
オフチェーン投票:Snapshotで低コストの投票を実施
結果提出:投票結果がReality.eth等のオラクルに提出される
検証期間:一定期間内に異議申し立てが可能
自動執行:問題がなければ、Safeが自動的に取引を実行
この仕組みは「参加コストの低い意思表示」と「チェーン上の強制力」をブリッジする重要なツールとして、多くのプロジェクトで採用されています。
(4) 分散化の検討
DAOの実装において、「完全な分散化」は必ずしも最適解ではありません。実用的なDAOは、完全なオンチェーン実行からハイブリッド・アプローチまで、様々な分散化レベルを戦略的に組み合わせています。
完全オンチェーン型:
全ての意思決定と執行がブロックチェーン上で行われる
最高レベルの透明性と改竄耐性
高いガス費用と複雑なユーザーエクスペリエンス
例:一部のDeFiプロトコルのパラメータ調整
ハイブリッド型:
重要な決定はオンチェーン、日常的な運営は効率的な方法で処理
コストと分散性のバランス
最も実用的で広く採用されている
例:多くの主要DAO(MakerDAO、Uniswap、Compound等)
軽量オフチェーン型:
Snapshotによるオフチェーン投票が中心
極めて低いコストと高い参加率
執行は別途の仕組み(マルチシグ等)が必要
例:初期段階のDAOや実験的プロジェクト
2. 法的ラッパー:ワイオミング DAO LLC
ワイオミング州DAO法の制度的革新
2021年7月1日に施行されたワイオミング州のDAO法は、世界で初めてDAOを明示的に法人格の選択肢として認めた画期的な立法です。この法律により、DAOは有限責任会社(LLC)として登記でき、「分散化された組織でありながら法的責任の明確化」という従来は両立困難とされた要求を制度的に解決しました。
ワイオミング DAO LLCの制度設計における主要な特徴は以下の通りです。
定款への記載義務:組織の基本文書(Articles of Organization)において、当該LLCがDAOであることを明記し、使用するスマートコントラクトの識別子(アドレス等)を記載することが求められます。これにより、法的実体とブロックチェーン上の実装の対応関係が明確になります。
アルゴリズム管理の法認:運営の一部をスマートコントラクトやアルゴリズムに委ねることが法的に認められます。これは従来の会社法では想定されていなかった運営形態であり、DAOの本質的特徴を法的に承認する重要な前進です。
有限責任の適用:メンバーは出資額を限度とする有限責任を享受でき、組織の債務について個人的な責任を負いません。これにより、DAOへの参加に伴うリスクが限定され、より幅広い参加を促進します。
議決権と経済的権利の分離:ガバナンストークンによる意思決定参加と、利益分配の権利を別々に設計することが可能です。これにより、貢献度に応じた複雑な権利構造を実現できます。
実務的課題と限界
ワイオミング DAO LLCは重要な制度的前進である一方、実務運用では多くの未解決課題を抱えています。
国際性の複雑さ:DAOの参加者は世界中に分散していることが一般的ですが、ワイオミング州法は米国の一州法に過ぎません。他国の参加者にとっての法的地位、税務上の取り扱い、規制適用などについて不確実性が残ります。
税務処理の不明確さ:DAOの収益、ガバナンストークンの配布、NFTの発行などについて、連邦税法上の取り扱いが明確ではありません。
雇用関係の曖昧さ:DAO内での「働き方」が従来の雇用契約、請負契約、ボランティア活動のいずれに該当するかが不明確です。労働法の適用、社会保険の加入、労働者保護の範囲などに影響します。
証券法規制との関係:ガバナンストークンが証券に該当するかどうかの判定基準が確立されていません。SECの規制方針や今後の判例が組織運営に大きな影響を与える可能性があります。
知的財産の帰属:DAOが開発したソフトウェア、コンテンツ、ブランド等の知的財産権の帰属と管理について、従来の企業法務では想定されていない問題が生じています。
これらの課題にもかかわらず、ワイオミング DAO LLCは「一般無権利状態=無限責任」になりがちなDAOの法的リスクを緩和する重要な選択肢として位置づけられています。多くのDAOにとって、完璧ではないが現実的な解決策として機能しています。
3. ガバナンスの"作法":代表的DAOの実例
※ガバナンスシステムは日進月歩で変わるので、最新の形と少し異なる可能性もあります。歴史的な流れやDAOの模索の事例としてご覧ください。
MakerDAO(現:Skyエコシステム)の制度設計
分散型ステーブルコインDAIを支えるMakerDAOは、最も成熟したDAOガバナンスシステムの一つとして、多くの制度的イノベーションを生み出してきました。2024-25年のSkyエコシステムへの移行は、ガバナンス制度の大規模な再設計の実例として注目されています。
投票システムの多層構造:
MakerDAOの投票システムは、ポーリング投票(sentiment polling)とエグゼクティブ投票(executive voting)の二段階構造を採用しています。ポーリング投票は方向性を確認する世論調査的な性格を持ち、エグゼクティブ投票は実際のシステムパラメータを変更する拘束力を持ちます。
ポーリング投票では、複数の選択肢を提示し、コミュニティの優先順位や関心度を測定します。その結果を踏まえて、技術的に実装可能で経済的に合理的なエグゼクティブ投票が設計されます。この二段階アプローチにより、コミュニティの意思と技術的制約の調和が図られています。
認定デリゲート制度(MIP61/77):
MakerDAOはMIP(Maker Improvement Proposal)61と77により、認定デリゲート制度を確立しました。この制度では、一定の資格要件を満たしたデリゲートが公式に認定され、継続的な報酬を受け取りながら投票活動と説明責任を果たします。
認定デリゲートの要件には以下が含まれます。
定期的な投票参加とその理由の公開
コミュニティとの定期的なコミュニケーション
利益相反の開示と管理
専門知識の継続的な向上
この制度により、参加の委任・専門化が進み、複雑な技術的・経済的判断を要するプロトコルパラメータの調整が、より質の高い意思決定プロセスで行われるようになりました。
Skyエコシステムへの移行:
2024-25年にかけて実施されたMKR→SKY移行は、ガバナンス制度の抜本的な再設計を含む大規模な組織変革でした。この移行では、以下の要素が重点的に改善されました。
ガバナンスの可視化:投票プロセス、デリゲート活動、提案の進捗等をより分かりやすく表示するユーザーインターフェース
役割の再編:様々な機能を持つサブ組織への分割と、それぞれの責任範囲の明確化
参加インセンティブ:ガバナンス参加に対する報酬体系の見直しと透明化
Uniswapの代表制民主主義モデル
Uniswapは、代表制民主主義と直接参加のハイブリッドモデルの成功例として、多くのDAOの参考となっています。
高い提案閾値の戦略的意図:
Uniswapの1M UNI(約1000万ドル相当)という提案閾値は、一見すると参加を制限する高いバリアに見えます。しかし、この設計には明確な戦略的意図があります。
スパム提案の防止:高いコストにより、真剣でない提案や悪意のある提案を効果的に排除
質の担保:提案者に相当な経済的ステークを要求することで、提案の質と責任感を向上
デリゲーションの促進:個人では達成困難な閾値により、自然にデリゲーション(委任)を促進
デリゲーション・システムの精緻化:
Uniswapのデリゲーション・システムは、以下の特徴を持っています。
デリゲート・プロファイル:各デリゲートの投票履歴、方針声明、コミュニケーション活動等が詳細に記録・公開されています。これにより、トークン保有者は情報に基づいた委任判断を行えます。
流動性の確保:委任はいつでも変更・取り消し可能であり、デリゲートの説明責任が継続的に求められます。
自己デリゲーション:トークン保有者は自分自身をデリゲートに指定することで、直接投票権を行使することも可能です。
投票プロセスの時間設計:
投票遅延・投票期間・タイムロックの組み合わせにより、熟慮と迅速性のバランスを図っています:
投票遅延(2日):提案公開後、実際の投票開始まで2日間の検討期間
投票期間(7日):十分な議論と参加を可能にする期間
タイムロック(2日):可決後の実行前検証期間
この時間設計により、急激な変更の防止とコミュニティの十分な関与が同時に実現されています。
現実のUX課題と継続的改善:
Uniswapは制度運用を通じて様々な課題に直面し、継続的な改善を重ねてきました。
参加タイミングの制約:固定的な投票スケジュールにより、時差や都合の悪いタイミングで投票機会を逃すユーザーが存在します。
提案品質のバラツキ:高い提案閾値にもかかわらず、技術的な不備や経済分析の不足がある提案も見られます。
デリゲート活動の格差:積極的に活動するデリゲートと、消極的なデリゲートの間で活動レベルに大きな差が生じています。
これらの課題に対して、ユーザーインターフェースの改善、提案テンプレートの整備、デリゲート評価システムの導入などの対策が継続的に実施されています。
Nouns DAOの実験的経済モデル
Nouns DAOは、NFTを核とした持続可能な資金循環システムにより、従来のDAO経済モデルに新たな視点を提供しています。
永続オークション・システム:
Nouns DAOの最も特徴的な要素は、1日1体のNounを永続的にオークションで発行し続けるシステムです。このオークションには以下の特徴があります。
予測可能性:毎日決まった時間に新しいNounがオークションに出品される
希少性の維持:総供給量の増加は制御されているが、継続的な新規参加の機会は提供される
価格発見メカニズム:市場の需給により適正価格が形成される
収益の完全コミュニティ化:
オークション売上の100%がトレジャリーに蓄積され、コミュニティ提案で再配分される仕組みは、純粋な公共財経済の実験として注目されています。従来の企業モデルでは、売上の一部が株主配当に回されますが、Nounsでは全てが組織の活動資金として再投資されます。
この「収益=公共財化」の直結モデルにより、以下の効果が生まれています。
長期的な価値創造への集中:短期的な利益分配圧力がなく、長期的なブランド価値向上に集中できる
コミュニティ一体感の醸成:全ての収益がコミュニティ活動に還元されることで、参加者の一体感が高まる
創造活動の促進:アート、文化、教育等の創造的活動への支援が活発に行われる
注目経済(Attention Economy)の活用:
Nounsの成功要因の一つは、注目の継続的確保メカニズムにあります。
日次イベント化:毎日のオークションがコミュニティにとって定期的なイベントとなる
ミーム性の強化:独特のピクセルアート・デザインが強いミーム性を持ち、ソーシャルメディアでの拡散を促進
パブリックドメイン戦略:Nounsのアートワークはパブリックドメインとして開放され、自由な二次創作を促進
この注目経済の戦略的活用により、Nounsは単なるNFTプロジェクトを超えて、文化的現象として広く認知されるに至っています。
CityDAOの現実資産実験
CityDAOは、「デジタル組織と現実資産の橋渡し」という最も困難な領域での先駆的実験として、多くの学習事項を提供しています。
ワイオミング DAO LLCとしての登記実験:
CityDAOは実際にワイオミング州DAO LLCとして登記された最初期の事例の一つであり、法的ラッパーの実用性テストの役割を果たしました。この実験を通じて、以下の知見が得られています。
登記プロセスの実用性:従来の会社設立手続きとほぼ同等の簡便さで登記が可能であることが実証されました。
継続的なコンプライアンス:年次報告書の提出、納税義務の履行等、継続的な法的義務が存在し、これらを分散型組織でどう管理するかが実務的課題となりました。
土地取得と管理の複雑性:
Parcel 0(40エーカー)の土地取得プロジェクトは、DAOによる現実資産の所有・管理の可能性と課題を浮き彫りにしました。
所有権の法的構造:土地の法的所有者はDAO LLC自体ですが、実質的な意思決定権はNFT保有者に分散されています。この二重構造により、意思決定の複雑性が生じています。
アクセス権のトークン化:土地への物理的アクセス権をNFTとして発行する試みが行われましたが、実際の実装と管理には多くの技術的・運営的課題があることが明らかになりました。
現実とデジタルの境界:
CityDAOの実験は、「現実資産×DAO」の境界領域で以下の根本的な問題を提起しています。
物理的な強制執行:デジタル上の決定を現実世界でどう執行するか(不法侵入者の排除、設備の維持管理等)
地域法規との調和:地方自治体の土地利用規制、建築基準法、環境保護法等との整合性
近隣住民との関係:既存コミュニティとの協調、社会的責任の履行
これらの課題は、DAOが純粋なデジタル領域を超えて現実世界に影響を与える際の普遍的な課題として、他のプロジェクトの参考となっています。
Raid Guild / Opolis:働き方の再定義
Raid GuildとOpolisは、DAOが既存の雇用・働き方モデルにもたらす可能性を探る先駆的実験として注目されています。
Raid Guild:プロジェクト型組織の進化:
Raid Guildは「分散型開発ギルド」として、クライアントワークをDAOで受託する新しい働き方のモデルを提示しています。従来のソフトウェア開発会社とフリーランサーの中間的な組織形態として、以下の特徴を持っています。
スキルベースの組織構造:参加者は開発、デザイン、プロジェクト管理等のスキルに基づいて分類され、プロジェクトごとに最適なチーム編成が行われます。固定的な雇用関係ではなく、プロジェクトベースでの動的な協働が基本となっています。
貢献評価システム:各メンバーの貢献度は、プロジェクトへの参加、品質、納期遵守、クライアント満足度等の多面的な指標で評価されます。この評価結果は、将来のプロジェクト配分や報酬決定の基礎となります。
分散型品質管理:従来の会社組織のような階層的な品質管理ではなく、ピアレビューや評判システムによる分散型の品質管理を実践しています。
収益分配の透明化:プロジェクト収益の分配ルールは事前に明確化され、作業量、責任度、成果に応じた公正な分配が行われます。
Opolis:雇用の社会インフラの再構築:
Opolis は「雇用共同体(Employment Commons)」として、フリーランスや分散型組織の参加者が直面する「制度の空白」を埋める革新的な取り組みです:
EoR(Employer of Record)機能:Opolisは法的には参加者の雇用主として機能し、給与支払い、税務処理、法的コンプライアンス等を代行します。これにより、DAOの参加者も従来の雇用者と同等の法的保護を受けることができます。
共同医療保険:個人では加入困難な医療保険や歯科保険を、コミュニティの集合的な交渉力により、有利な条件で提供します。これは従来の大企業でのみ可能だった福利厚生の民主化と言えます。
退職金制度:401(k)等の退職金制度への加入支援により、フリーランスにも長期的な資産形成の機会を提供します。
継続教育とキャリア開発:技能向上のための教育プログラム、業界ネットワーキング、キャリアカウンセリング等を通じて、参加者の長期的なキャリア発展を支援します。
これらの取り組みは、「雇用の未来」に関する根本的な問題提起を含んでいます。従来の終身雇用モデルが機能しなくなった現代において、個人の自律性と社会的保護のバランスをどう実現するかという課題に対する一つの回答として位置づけられます。
4. 投票モデルをアップデートする:民主主義の技術的進化
デリゲーション(委任):専門性と民主性の調和
現代のDAOの多くは委任制度を中核的なガバナンス・メカニズムとして採用しています。これは、専門性の集約と参加コストの低減を同時に実現する実用的な解決策として機能しています。
委任制度の理論的基盤:
委任制度は、情報コストと専門性のトレードオフを解決するメカニズムとして理解できます。複雑な技術的・経済的判断を要するDAOにおいて、全ての参加者が全ての議題について詳細な情報収集と分析を行うことは非現実的です。委任により、この情報収集・分析コストを専門性の高い少数のデリゲートに集約し、全体としてより質の高い意思決定を実現します。
MakerDAOの認定デリゲート制度の詳細分析:
MakerDAOの認定デリゲート制度は、委任制度の最も精緻化された実装例の一つです。
デリゲートの認定要件:
定期的な投票参加(参加率80%以上が目安)
投票理由の公開(詳細な分析レポートの作成)
コミュニティとの定期的な対話(月次ミーティング、フォーラム参加)
利益相反の開示と適切な管理
継続的な学習と専門知識の向上
報酬システム:認定デリゲートには月額報酬が支払われ、投票活動、コミュニケーション、分析作業等が職業的活動として位置づけられています。
説明責任メカニズム:デリゲートの活動は透明化され、委任者はいつでも委任を変更・取り消すことができます。また、定期的な評価により認定の更新・取り消しが行われます。
Uniswapのデリゲーション・エコシステム:
Uniswapのデリゲーション・システムは、より多様で競争的なエコシステムを形成しています。
多様なデリゲート・タイプ:
個人デリゲート:個人の専門性と判断に基づく委任
機関デリゲート:VC、大学、財団等の機関による組織的判断
専門領域デリゲート:技術、法務、経済等の特定分野の専門家
地域代表デリゲート:特定地域や文化圏の利益代表
競争的環境:複数のデリゲートが委任獲得を競争することで、サービス品質の向上とイノベーションが促進されています。
Liquid Democracy(流動民主主義):柔軟性の追求
流動民主主義は、直接投票と委任を案件ごとに選択できるシステムとして、民主主義理論と実践の境界を押し広げる実験的取り組みです。
理論的な優位性:
流動民主主義の理論的な魅力は、以下の点にあります。
専門性の活用:参加者は自身の専門分野では直接投票し、専門外の分野では信頼できる専門家に委任することができます。
動的な調整:固定的な委任関係ではなく、議題や状況に応じて柔軟に委任先を変更できます。
包摂性の維持:完全な委任ではなく、重要と考える議題については直接参加する選択肢が常に保持されます。
実証研究の知見:
近年の実証研究により、流動民主主義の効果と限界が明らかになってきています。
専門家識別の重要性:流動民主主義が効果的に機能するためには、参加者が真の専門家を正確に識別できることが前提となります。この識別が不正確な場合、かえって意思決定の質が低下する可能性があります。
委任集中のリスク:実際の運用では、少数の「人気デリゲート」に委任が集中し、結果的に寡頭制に近い状況が生まれることがあります。
情報カスケードの問題:初期の委任パターンが後続の委任決定に過度な影響を与え、多様性が失われる可能性があります。
Quadratic Voting(二次投票):関心の強度の可視化
二次投票は、関心の強さを投票システムに反映させる革新的なメカニズムとして、理論と実践の両面で注目を集めています。
基本的なメカニズム:
二次投票では、各投票者に一定数の「投票クレジット」が配分され、これを複数の選択肢に自由に配分できます。重要なのは、同一選択肢への投票数の二乗に比例してクレジットが消費される点です。
例えば:
1票投じる:1クレジット消費
2票投じる:4クレジット消費
3票投じる:9クレジット消費
理論的な優位性:
少数派の強い関心の保護:多数派にとって些細だが、少数派にとって極めて重要な議題について、少数派は多くのクレジットを投じることで意思を強く表明できます。
効率性の向上:社会全体の効用を最大化する観点から、関心の強度に応じた資源配分が理論的に最適解に近づくことが証明されています。
戦略的投票の抑制:複雑な配分メカニズムにより、単純な戦略的投票が困難になり、より真の選好が反映される可能性があります。
実装上の課題:
シビル耐性:一人が複数のアカウントを作成して投票クレジットを増加させる攻撃への対策が必要です。身元確認、デポジット制度、評判システム等の組み合わせが検討されています。
買収耐性:投票クレジットの売買や、投票結果に応じた事後的な金銭授受への対策が必要です。
UI/UXの複雑性:一般ユーザーにとって直感的でない投票メカニズムであり、分かりやすい説明とインターフェース設計が重要です。
Gitcoinでの実用化:
二次投票の最も成功した実装例は、Gitcoinのグラント配分システムです。
資金調達の民主化:オープンソースプロジェクトへの資金配分を、二次投票により決定しています。これにより、コミュニティにとって本当に重要なプロジェクトが支援を受けやすくなっています。
シビル対策の進化:Passport システムにより、GitHub、Twitter、BrightID等の複数のアイデンティティ情報を組み合わせてシビル耐性を高めています。
持続的な改善:複数ラウンドの実施を通じて、システムの精緻化と最適化が継続的に行われています。
身元と信用:DID/SBTによるアイデンティティ革命
分散型アイデンティティ(DID)とSoulbound Token(SBT)は、DAOにおける「何者か」の証明と「貢献履歴」の管理に新たな可能性を提供しています。
W3C DIDの技術的革新:
W3C DID(分散型識別子)は、ポータブルな自己主権アイデンティティの国際標準として策定されました。
自己主権性:ユーザーは自身のアイデンティティ情報を完全にコントロールし、中央集権的な機関に依存することなく身元を証明できます。
相互運用性:異なるブロックチェーンやプラットフォーム間でアイデンティティ情報を移転・利用できます。
プライバシー保護:ゼロ知識証明等の技術により、必要最小限の情報のみを開示して身元を証明できます。
検証可能性:第三者による改竄や偽造を防ぎ、アイデンティティ情報の真正性を保証します。
SBTによる貢献履歴の管理:
Soulbound Token(SBT)は、譲渡不能な属性証明として、個人の貢献履歴や信用情報をブロックチェーン上で管理する概念です。
貢献の継続性追跡:DAO内での投票参加、プロジェクト貢献、コミュニティ活動等の履歴を恒久的に記録できます。
スキルと専門性の証明:特定分野での専門性や実績を第三者が検証可能な形で証明できます。
評判システムの基盤:長期的な信用構築と評判管理の基礎として機能します。
実装上の課題と解決策:
プライバシーと透明性のバランス:個人情報保護と組織運営の透明性を両立させる技術的・制度的工夫が必要です。
再発行の困難性:秘密鍵の紛失や盗難時の対応メカニズムの設計が複雑です。
社会受容性:既存のアイデンティティ・システムとの互換性や移行コストの問題があります。
5. 「人が投票しない」問題と、その解き方
参加率低下の構造的要因
DAOにおける低い投票率は、世界中の多くのプロジェクトが直面する共通の課題です。この問題は単純な無関心ではなく、構造的な要因に根ざしています。
フリーライダー問題:個人の1票が結果に与える影響は微小であり、投票のコストが便益を上回る状況が生じやすいです。特に大規模なDAOでは、この問題が深刻化します。
情報コストの高さ:複雑な技術的・経済的議題について十分な理解を得るためには、相当な時間と専門知識が必要です。
参加タイミングの制約:固定的な投票スケジュールが、時差や個人的都合と合わない場合があります。
結果への影響実感の欠如:投票結果が実際の組織運営や個人の利益にどう影響するかが分かりにくい場合があります。
実用的解決策の体系化
委任(デリゲーション)による専門化:
前述の通り、委任制度により投票活動を専門化し、情報収集・分析コストを削減できます。重要なのは、委任の容易性とデリゲートの競争を確保することです。
ワンクリック委任:複雑な手続きなしに委任・変更ができるUI/UX
デリゲート情報の可視化:投票履歴、方針、専門分野等の詳細情報提供
パフォーマンス指標:参加率、分析品質、コミュニケーション頻度等の定量評価
インセンティブ設計の最適化:
定期報酬と成果連動報酬の組み合わせにより、継続的な参加を促進できます。
基本参加報酬:投票への参加自体に対する小額の報酬
品質連動報酬:投票理由の記載、事前の議論参加等に対する追加報酬
長期保有インセンティブ:継続的な参加に対するボーナス
成果配分:組織の成功による利益分配
伝統的金融における議決権改革との収斂
興味深いことに、DAOの投票制度改革と伝統的金融機関の議決権改革は、類似の方向性を示しています。
BlackRockのVoting Choice:
2022年に導入されたBlackRockの「Voting Choice」プログラムは、一定規模以上の機関投資家顧客に対して、議決権行使の方針選択権を提供しています。
選択可能な方針:ESG重視、株主価値重視、業界専門家推奨等の複数選択肢
透明性の向上:各方針の詳細説明と投票結果の開示
段階的拡大:対象ファンドと顧客層の継続的拡大
これらの動きは、「投票を委ねる」という選択肢が、DAOと株式会社の収斂点になる可能性を示唆していますが、両制度ともに共通課題に直面しています。
専門性と民主性のバランス
参加コストと意思決定品質のトレードオフ
スケールと包摂性の両立
6. 後編まとめ
DAOの本質的価値提案
DAOの本質は、従来の組織が抱える情報収集→合意形成→執行までの総コストを、コードと市場設計によって革新的に組み替える試みです。この組み替えは、単純なコスト削減ではなく、コスト構造の根本的な変革を意味します。
従来組織のコスト構造:
高い固定費:物理的オフィス、正社員雇用、法的手続き
階層的な意思決定:多層的な承認プロセスによる時間と労力の消費
地理的制約:物理的な場所に縛られた参加と協働
情報の非対称性:限定的な情報開示による意思決定の品質低下
DAOの新しいコスト構造:
変動費型運営:プロジェクトベースの柔軟な資源配分
分散型意思決定:並列的な情報処理と合意形成
グローバルな人材活用:地理的制約を超えた最適な人材配置
透明性による信頼構築:情報開示によるモニタリングコスト削減
質と効率の両立への道筋
重要なのは、コスト削減が意思決定の質の低下を招いてはならないことです。DAOの設計者は、以下の多次元的な最適化を同時に実現する必要があります。
参加の民主化と専門性の確保:
委任制度による専門知識の集約
二次投票による関心の強度の反映
評判システムによる継続的な品質向上
透明性と効率性の調和:
段階的な情報開示による必要な透明性の確保
自動執行による人的介入コストの削減
リアルタイム監査による継続的な健全性確認
包摂性と決定力のバランス:
低コスト参加による広範な包摂
閾値設定による迅速な意思決定
緊急時対応メカニズムによる組織の継続性確保
重要な留意事項:設計を間違えないために
DAOの可能性を実現するためには、設計の失敗を避けることが決定的に重要です。歴史的に見ても、優れた制度的アイデアが不適切な実装により失敗した例は枚挙にいとまがありません。
技術的リスクの管理:
スマートコントラクトの脆弱性:セキュリティ監査と段階的導入
スケーラビリティの限界:ネットワーク負荷と参加者数の適切な管理
相互運用性の確保:他のプロトコルとの連携可能性の維持
社会的リスクの認識:
権力の集中:見かけの分散化の下での実質的な寡頭制の防止
参加格差:技術的・経済的バリアによる排除の回避
文化的偏見:特定の文化的背景に偏らない包摂的設計
法的リスクの対応:
規制の不確実性:変化する規制環境への適応的対応
責任の明確化:参加者の権利と義務の明確な定義
紛争解決:効果的な紛争解決メカニズムの整備
結論:新しい組織の可能性
DAOは、人類が長い間夢見てきた「真に民主的で効率的な組織」への新しいアプローチを提供します。しかし、その実現は自動的には達成されません。慎重な設計、継続的な改善、そして伝統的制度からの学習が不可欠です。
株式会社制度が中世の商人ギルドから現代のステークホルダー資本主義まで長い進化を経てきたように、DAOも現在は発展の初期段階にあります。重要なのは、技術的な可能性に目を奪われることなく、人間が実際に参加し、価値を創造し、共に成長できる制度を築くことです。
情報収集→合意形成→執行という意思決定の基本的なプロセスは、技術によって劇的に効率化できます。しかし、その効率化が真の価値を生むのは、多様な人々が自律的に参加し、創造的に協働する場が実現されたときです。DAOの真の成功は、技術的な洗練度ではなく、どれだけ多くの人々がその組織を通じて意味のある価値を創造できるかによって測られるべきでしょう。
この視点から見れば、DAOは単なる組織運営の効率化ツールではなく、協働と創造の新しい可能性を切り開く歴史的実験だと言えます。
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