おはようございます。
web3リサーチャーのmitsuiです。
毎週土日のお昼にはweb3の基礎の基礎レポートを更新しています。今週は「株式会社とDAO」について解説します。ぜひ最後までご覧ください!
はじめに:なぜ「意思決定の歴史」を振り返るのか
1. 中世の「共同体」から始まる合意形成
2. 株式の発明:東インド会社と流通市場の誕生
3. 有限責任という"保険"の社会装置
4. 「所有と経営の分離」と代理問題
5. 株主総会とプロキシ投票の制度化
6. 集団意思決定の「設計空間」
7. 前編まとめ
はじめに:なぜ「意思決定の歴史」を振り返るのか
DAOを理解する近道は、DAOが置き換えようとしている"従来のガバナンス"――とりわけ株式会社の成り立ちと、その意思決定システムの強み・弱みを押さえることです。
現代の経済活動における集団意思決定の仕組みは、何世紀にもわたって蓄積された制度的な知恵と試行錯誤の産物であり、その構造的特徴を理解することなくして、新たなパラダイムとしてのDAOの可能性と限界を正確に評価することは困難です。
前編は、中世の交易共同体 → 株式会社 → 有限責任と証券市場 → 所有と経営の分離 → 近代コーポレート・ガバナンスという順に、意思決定がどのような制度設計を積み重ねてきたかを詳細に整理します。この歴史的変遷を追うことで、各時代が直面した課題と、それを解決するために発明された制度的イノベーションの本質を明らかにします。後編では、この延長線上にDAOを位置づけ、具体的な設計と活用例へつなげていく予定です。
特に重要なのは、現代の株式会社制度が抱える「分散」と「集中」のパラドクスです。株式制度は所有を分散させることで資本調達の効率性を高めた一方で、意思決定の迅速性を保つために執行権限を少数の経営陣に集中させました。この構造的な緊張関係は、コーポレートガバナンスの永続的なテーマであり続けており、DAOが解決を目指す根本的な課題でもあります。
1. 中世の「共同体」から始まる合意形成
交易都市と商人ギルドの興隆
中世ヨーロッパにおける経済発展の礎となったのは、都市国家、商人ギルド、そして交易同盟といった中間団体でした。これらの組織は、中央政府と個人の間に位置する集団として、共通のインフラ(治安・標準・信用)を支える互助の仕組みとして誕生しました。現代の国家制度や株式会社とは異なり、これらは政府でも企業でもない、独特の組織形態として発展しました。
商人ギルドは特に興味深い例です。各都市の商人たちは、取引の標準化、品質管理、価格調整、新参者の排除、そして紛争解決という複数の機能を同時に果たす組織を形成しました。これらのギルドは共通資産を守る、紛争を調停する、費用を按分するためのルールと集団意思決定の基礎を確立し、後の企業統治制度の原型となりました。
ギルドの意思決定プロセスは、現代的な基準から見ると極めて民主的でした。重要な決定は組合員の合議によって行われ、役職者は定期的に選出され、財政は透明性を保つことが求められました。しかし同時に、既存メンバーの利益を保護するため、新規参入は厳格に制限されていました。この「内部民主主義と外部排他性」の組み合わせは、現代の企業統治における株主利益の優先という考え方の先駆けとも言えるでしょう。
ハンザ同盟:ゆるやかな連合の力と限界
13世紀から15世紀にかけて北欧・バルト海交易を席巻したハンザ同盟は、都市間で経済・軍事的に協調するゆるやかな連合体として、中世における最も成功した集団意思決定システムの一つでした。ハンザは恒常的な政府機構や常設財政を持たない"ゆるやかな"協定体でありながら、200以上の都市を結ぶ巨大なネットワークを構築しました。
ハンザの意思決定システムは、現代のDAOと多くの共通点を持っています。中央集権的な権威は存在せず、重要な決定は都市代表者による会議(ハンゼターク)で行われました。各都市は自律性を保ちながら、共通の利益のために協調しました。貿易ルートの安全確保、海賊対策、標準的な度量衡の導入、紛争解決システムの構築など、個別の都市では実現困難な「公共財」の提供を可能にしました。
しかし、ハンザ同盟の歴史は、ゆるやかな連合が直面する根本的な課題も浮き彫りにします。
「ゆるやかな連合ゆえの適応力」と「強い執行機構の欠如」というトレードオフは、15世紀後半から16世紀にかけて同盟の衰退につながりました。中央集権的な国家権力の台頭、新たな貿易ルートの開拓、そして技術革新への対応において、合意形成に時間のかかるハンザは機動性を失いました。
このトレードオフは、その後の組織設計において繰り返し現れるテーマとなります。分散的な意思決定は包含性と民主性を高める一方で、迅速な対応や一貫した戦略実行を困難にします。この緊張関係は現代のDAOにおいても中心的な課題として残っており、ガバナンストークンの集中度、提案から実行までのタイムラグ、緊急事態対応メカニズムの設計などに影響を与えています。
コメンダ契約の革新性
中世イタリアの海洋都市国家、特にヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサなどで発達したコメンダ(commenda)契約は、現代の株式制度の重要な先駆けとなりました。この制度は、出資者(コメンダトール)と航海実務者(トラクタトール)が一回の航海利益を分け合う契約として設計されました。
コメンダの革新性は、限定責任に近いリスク分担と機動的な資金調達を可能にした点にあります。出資者は投資額以上の損失を負わず、実務者は専門知識と労働力を提供する代わりに利益の一定割合を受け取りました。この仕組みは、後のジョイント・ストック(股份)制度につながる"投資の分割"という概念を社会に定着させる重要な役割を果たしました。
コメンダ契約の詳細な分析から、中世の商人たちが既に現代的なリスク管理の概念を理解していたことが分かります。航海保険の原型となる制度も併用され、複数の航海に分散投資することでポートフォリオ効果を狙う投資家も現れました。契約書には詳細な利益分配規則、紛争解決手続き、情報開示義務などが盛り込まれ、現代のベンチャーキャピタルファンドの投資契約書と驚くほど類似した条項が含まれていました。
重要なのは、コメンダが信頼関係を制度化したことです。直接的な監督が困難な長距離貿易において、契約と評判システムによって代理人問題を緩和する仕組みが確立されました。これは後の株式会社における所有と経営の分離問題の原型であり、制度設計によって信頼を構築するという考え方の源流と言えるでしょう。
2. 株式の発明:東インド会社と流通市場の誕生
大航海時代の資本需要と制度的イノベーション
16世紀から17世紀にかけての大航海時代は、経済史上の転換点となりました。アジアとの香辛料貿易、新世界からの貴金属輸入、そして植民地経営には、従来の商人資本や王室財政をはるかに超える恒常的な資本集積が不可欠となりました。この課題に対応するため、都市や王権は特許状(チャーター)会社という新たな組織形態を生み出しました。
1600年に設立された英領東インド会社(EIC)と、1602年に設立された蘭東インド会社(VOC)は、この時代の代表的な事例です。両社とも国家から独占的な貿易権を与えられ、軍事力を保有し、植民地統治にも関与する準国家的な性格を持っていました。
しかし、組織としての資金調達と意思決定の仕組みには重要な違いがありました。
EICは当初、航海ごとに資本を調達し、利益を分配する「テンポラリー・ジョイント・ストック」方式を採用していました。これは中世のコメンダ契約を大規模化したものと言えます。一方、VOCは設立当初から恒常的な資本(パーペチュアル・ジョイント・ストック)を想定し、投資家には持分証書を発行しました。この持分は他人に譲渡可能であり、持分の継続譲渡(流通)を前提とした設計となっていました。
アムステルダム証券取引所の制度化
VOCの持分証書の流通需要に応えるため、アムステルダムには組織化された取引市場が形成されました。これが最古級の株式取引市場の誕生です。アムステルダム証券取引所の発展は、単なる取引の場の提供を超えて、現代的な証券市場の基本的な制度インフラを確立しました。
市場の制度化には複数の要素が含まれていました。価格情報の定期的な公開、標準的な取引手続きの確立、決済システムの構築、そして市場参加者の信用調査などです。
特に重要だったのは、情報の非対称性を緩和する仕組みの導入です。VOCは定期的に株主に財務情報を提供し、重要な意思決定については株主総会で報告することが義務づけられました。
この市場の存在により、投資家の退出自由(流動性)が企業統治と資本コストに構造的影響を与えるようになりました。
投資家は会社の方針に不満がある場合、経営陣に働きかける(voice)代わりに、持分を売却する(exit)ことで意思表示できるようになりました。この「voice vs exit」のメカニズムは、現代のコーポレートガバナンス理論の中核的概念となっています。
流動性の確保は、長期プロジェクトの資金調達を劇的に容易にしました。投資家は個人的には短期的な流動性ニーズを満たしながら、企業としては長期的な投資を継続できるという、「満期変換」機能が株式市場によって提供されるようになったのです。これにより、造船、インフラ建設、植民地開発といった大規模で長期的なプロジェクトへの民間投資が可能になりました。
所有と支配の分離の萌芽
VOCの制度設計において特に注目すべきは、「オーナーシップの分散」と「執行権限の集中」という近代企業の二面性が既に現れていたことです。株主は出資の見返りに利益分配を受ける権利と重要事項への投票権を持ちましたが、日常的な経営判断は「ヘーレン17」と呼ばれる取締役会に委ねられました。
この権限分配は実用的な必要性から生まれました。インド洋での貿易活動、現地政府との交渉、軍事作戦の指揮などは、迅速かつ専門的な判断を要求します。数千人の株主による直接的な意思決定は現実的ではありませんでした。しかし、この委任関係は同時に新たな課題を生み出しました。取締役会が株主利益よりも自己利益を優先する可能性、情報の非対称性による監督の困難、そして長期的視点と短期的利益の対立などです。
VOCの歴史を詳細に分析すると、現代の代理人問題の原型が既に17世紀に現れていたことが分かります。株主からの配当要求と事業拡大投資の必要性の対立、取締役の自己取引疑惑、財務情報開示の不十分性などが問題となり、株主による訴訟も提起されました。これらの経験は、後の会社法制度の発展において重要な教訓となりました。
3. 有限責任という"保険"の社会装置
19世紀英国における法制度改革
株式制度の発明だけでは、投資家の最大損失は依然として不確かでした。コモンローの下では、パートナーシップの無限連帯責任の原則が適用される可能性があり、投資家は出資額を超える損失を負うリスクを抱えていました。この問題を解決するため、19世紀半ばの英国で一連の法制度改革が行われました。
1844年の株式会社法(Joint Stock Companies Act 1844)は、法人格の取得を簡素化し、登記による設立を可能にしました。しかし、この段階では有限責任は自動的には付与されませんでした。続く1855年の有限責任法(Limited Liability Act 1855)で初めて有限責任の選択が可能になり、1856年の株式会社法(Joint Stock Companies Act 1856)で包括的な制度整備が完成しました。
有限責任の経済的・社会的インパクト
有限責任制度の確立は、投資行動に革命的な変化をもたらしました。損失の上限が明確化されたことで、より広範な市民層が投資に参加するようになりました。従来は大商人や貴族に限られていた企業投資が、中産階級にまで拡大しました。この投資の民主化は、産業革命期の資本調達を支える重要な基盤となりました。
有限責任制度は、同時にリスクテイクの社会的下支えを強化する効果も持ちました。起業家は失敗しても個人破産を免れる可能性が高くなり、革新的だがリスクの高い事業への挑戦が促進されました。鉄道建設、鉱山開発、製造業の機械化など、19世紀後半の産業発展の多くは、有限責任会社による資金調達によって実現されました。
しかし、有限責任制度は新たな道徳的ハザードの問題も生み出しました。経営者や支配株主が、損失を一般株主に転嫁しながら、利益だけを享受する可能性が高まりました。また、会社債権者(銀行、取引先、従業員など)は、株主の有限責任により保護されない立場に置かれることになりました。これらの問題に対応するため、取締役の信認義務、財務情報開示制度、債権者保護規定などの補完的な制度が段階的に整備されました。
4. 「所有と経営の分離」と代理問題
20世紀初頭の企業規模拡大と所有構造の変化
20世紀に入ると、産業の大規模化と技術の複雑化により、企業経営には高度な専門知識が要求されるようになりました。同時に、証券市場の発達により株式所有は更に分散化が進みました。この結果、株主の"分散所有"と経営の専門職化という現象が顕著になりました。
大企業では、個々の株主の持分は微少となり、経営への直接的な関与は実質的に不可能になりました。一方、経営者は株式をほとんど保有せずに、専門的能力に基づいて企業の指揮を執るようになりました。この構造変化は、企業効率性の向上をもたらした一方で、新たなガバナンスの課題を生み出しました。
Berle & Meansの先駆的分析
この構造変化を初めて体系的に分析したのが、Adolf BerleとGardiner Meansによる1932年の著作『The Modern Corporation and Private Property』でした。彼らは、所有と経営の分離が経営者と株主の利害不一致を生むことを明確に指摘しました。
Berle & Meansの分析によれば、分散株主は情報収集コストと調整コストの問題により、経営監督を行う合理的なインセンティブを持ちません。個々の株主にとって監督活動の便益は微少である一方、コストは大きいため、他の株主による監督を期待する「フリーライダー問題」が発生します。結果として、経営者は株主利益よりも自己利益(高額報酬、在職の安定性、企業規模の拡大等)を追求する可能性が高まります。
この分析は、企業統治に関する学術的議論の出発点となりました。企業は誰のものか、経営者は誰に対して責任を負うべきか、市場メカニズムは経営規律を十分に提供するか、といった根本的な問題が提起されました。これらの問題は現代に至るまでコーポレートガバナンスの中心的課題であり続けています。
Jensen & Mecklingによる代理理論の定式化
Berle & Meansの問題提起から40年以上経った1976年、Michael JensenとWilliam Mecklingは、「Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure」という論文で、株主(プリンシパル)と経営者(エージェント)の代理関係を経済理論として定式化しました。
Jensen & Mecklingの代理理論は、代理コストを監視コスト(monitoring costs)、結束コスト(bonding costs)、残余損失(residual loss)の3つに分類しました。
監視コストは株主が経営者を監督するために要する費用、結束コストは経営者が株主利益に沿った行動を取ることを保証するための費用、残余損失は完全な監督・結束が不可能なために発生する利益の逸失です。
この理論的枠組みは、報酬設計・監督制度・市場規律によって代理コストを抑制する具体的な方法を分析する基礎となりました。ストックオプション、業績連動報酬、独立取締役制度、敵対的買収市場、債務による規律効果など、現代のコーポレートガバナンス制度の多くは、この代理理論の応用として理解することができます。
5. 株主総会とプロキシ投票の制度化
大規模企業における物理的制約と制度的対応
20世紀後半になると、上場企業の株主数は数万人から数十万人に達するようになり、巨大全国企業の株主総会を物理的に開催することが実務上の大きな課題となりました。全ての株主が一堂に会することは物理的に不可能であり、仮に可能であったとしても、効率的な議事運営は困難でした。
この課題に対する制度的な解決策が、委任状(プロキシ)による間接参加システムでした。株主は自身の議決権を他者(通常は経営陣や機関投資家)に委任し、委任を受けた者が株主総会で投票を行う仕組みです。この制度により、物理的な参加の困難さを克服しながら、民主的な意思決定プロセスを維持することが可能になりました。
プロキシ制度の発達は、単なる技術的な解決策にとどまらず、企業統治の性格を根本的に変化させました。経営陣は株主からの委任状獲得を通じて支配を維持する一方、反対勢力も委任状争奪戦(プロキシファイト)により経営権を争うことが可能になりました。この結果、コーポレートコントロールは物理的な株式保有から、委任状獲得能力へと重心が移りました。
米国SECによる規制体系の確立
米国では、1930年代の証券法制整備の一環として、SECがプロキシ規則(Proxy Rules)を制定し、委任状勧誘に関する詳細な規制を確立しました。スケジュール14Aをはじめとする開示規則により、議案・取締役候補・報酬・関連当事者取引などの詳細開示が義務づけられました。
プロキシ規則の目的は、株主が十分な情報に基づいて意思決定を行えるようにすることです。経営陣による委任状勧誘書(proxy statement)には、取締役の経歴、報酬の詳細、議案の内容と理由、利益相反の有無などが詳細に記載されます。また、反対株主による委任状勧誘も認められており、経営陣に対抗する提案を行う権利が保護されています。
この規制体系により、プロキシ制度は株主民主主義を実現する重要なメカニズムとなりました。形式的には「一株一票」というシンプルな原則に基づきながら、実際の運用では複雑な情報開示と競争的な委任状勧誘を通じて、株主意思の反映を図っています。
機関投資家の台頭と議決権行使の変化
21世紀に入ると、機関投資家による株式保有の集中がさらに進み、議決権の実質的な集約が進行しました。特に、ブラックロック、バンガード、ステート・ストリートなどの大手資産運用会社は、パッシブ運用の拡大により、多くの上場企業において5%以上の議決権を保有するようになりました。
この変化は、プロキシ投票の性格を大きく変えました。個人投資家による分散的な意思決定から、少数の機関投資家による集中的な意思決定へとシフトしました。これらの機関投資家は、専門的なガバナンス部門を設置し、体系的な議決権行使方針を策定するようになりました。
さらに注目すべきは、投票助言会社(proxy advisory firms)の影響力拡大です。
Institutional Shareholder Services(ISS)やGlass Lewisなどの企業は、機関投資家に対して議決権行使に関する推奨を提供し、実質的に多くの上場企業の意思決定に影響を与えるようになりました。
投票助言会社の存在は、機関投資家のコスト削減と専門性向上に貢献する一方で、新たなガバナンス課題も生み出しています。少数の助言会社に議決権行使の判断が集約されることで、「助言会社による間接的な企業支配」という現象が生じています。また、助言会社自身の利益相反や、画一的な推奨による企業の多様性阻害といった問題も指摘されています。
電子投票と技術革新の影響
デジタル技術の発達により、プロキシ投票の仕組みも大きく変化しました。紙ベースの委任状から電子的な投票システムへの移行により、投票コストの削減と参加率の向上が実現されました。リアルタイムでの投票状況確認、投票締切直前までの意思変更、詳細な投票分析などが可能になりました。
コロナ禍を契機として、バーチャル株主総会の開催も一般化しました。物理的な会場の制約を受けることなく、世界中の株主が同時に参加できるようになり、質疑応答の機会も拡大しました。ただし、対面での議論の質の低下や、技術的排除による参加格差などの新たな課題も生じています。
6. 集団意思決定の「設計空間」
企業統治制度の多次元的理解
ここまでの歴史的変遷を振り返ると、株式会社の意思決定システムは、複数の設計パラメータを同時に最適化する複雑な制度設計の産物であることが分かります。
これらのパラメータは相互に関連し合っており、一つの改善が他の要素に負の影響を与える可能性があります。DAOを含む新たな組織形態を理解するためには、この多次元的な設計空間を明確に把握することが重要です。
投資家保護の制度的基盤
投資家保護は、資本市場の機能にとって最も基本的な要素です。歴史的に見ると、投資家保護は以下の要素によって実現されてきました。
有限責任制度:投資家の最大損失を出資額に限定することで、リスクテイクを促進し、広範な資本参加を可能にしています。この制度なくして、現代的な資本市場の発達は考えられません。
情報開示制度:企業の財務状況、事業戦略、リスク要因などに関する詳細で正確な情報提供により、投資家の合理的判断を支援しています。プロキシ規則、決算開示、内部者取引規制などが含まれます。
市場規律メカニズム:取引所による上場維持基準、証券規制当局による監督、監査法人による外部監査、格付機関による評価などにより、市場による自律的な規律付けが図られています。
司法制度:株主代表訴訟、集団訴訟、仲裁制度などにより、投資家の権利救済と違法行為の抑止が実現されています。これらの制度の実効性は、各国の法的伝統や司法制度の質に大きく依存します。
執行効率の組織的工夫
執行効率は、意思決定から実行までの速度と質を決定する重要な要素です。株式会社制度は、以下の仕組みにより執行効率を追求してきました。
取締役会への権限集中:日常的な業務執行権限を少数の取締役会に委任することで、迅速な意思決定を可能にしています。取締役会の規模、独立性、専門性のバランスが重要です。
経営の専門職化:株主による直接経営から、専門的知識と経験を持つ職業的経営者への委任により、経営の質的向上を図っています。
内部統制システム:内部監査、リスク管理、コンプライアンス体制などにより、組織内部での自律的な規律維持と効率的な業務執行を実現しています。
業績評価と報酬制度:短期・長期の業績指標を組み合わせた評価システムと、それに連動した報酬制度により、経営者のインセンティブ調整を図っています。
民主性の実現メカニズム
民主性は、株主の意思を企業統治に適切に反映させるためのメカニズムです。これは以下の制度により実現されています。
一株一票原則:株式数に比例した議決権配分により、経済的利害と政治的発言権の比例性を確保しています。
株主総会制度:年次株主総会、臨時株主総会、決議事項の法定化により、重要事項についての株主意思の確認を制度化しています。定足数、特別決議要件などにより、決定の正当性を担保しています。
プロキシ制度:委任状投票により、物理的制約を克服しながら広範な株主参加を可能にしています。電子投票、投票助言サービス、機関投資家の議決権行使方針開示などにより、制度の実効性が高められています。
スチュワードシップ:機関投資家による建設的な対話と議決権行使により、分散株主の集合的な意思を企業経営に反映させています。エンゲージメント活動、議決権行使結果の開示、スチュワードシップ・コードなどが制度的基盤となっています。
DAOへの設計空間拡張
この"設計空間"の理解に基づいてDAOを考察すると、ブロックチェーン技術とスマートコントラクトが新たな選択肢をもたらす一方で、従来とは異なるリスクも生み出すことが分かります。
技術による効率化の可能性:
投票コストの劇的削減:オンチェーン投票により、物理的な制約や仲介コストを大幅に削減できます。リアルタイムでの投票実施、自動集計、結果の即座の反映が可能になります。
実行の自動化:スマートコントラクトにより、決定事項の自動実行が可能になります。人的介入による遅延や恣意的判断を排除し、透明性と確実性を高めることができます。
資産・活動の可視化:ブロックチェーン上での取引記録により、組織の財務状況や活動状況をリアルタイムで公開できます。従来の定期的な開示制度を超えた透明性が実現可能です。
新たなガバナンス・リスク:
シビル耐性の確保:匿名性が高いブロックチェーン環境では、一人が複数のアカウントを作成して投票権を不正に拡大する「シビル攻撃」のリスクがあります。身元確認と匿名性のバランスが重要な設計課題となります。
参加率の低下:技術的な複雑さや理解の困難さにより、実際の参加者が限定される可能性があります。また、投票コストの低下により、熟慮なき投票や無関心による棄権が増加する可能性もあります。
法的責任の曖昧さ:分散的な組織において、法的責任の帰属先が不明確になる可能性があります。規制当局による監督、投資家保護、紛争解決などの既存制度との整合性が課題となります。
ガバナンス攻撃のリスク:大量のガバナンストークンを取得した悪意のある主体による組織乗っ取りのリスクがあります。また、短期的な利益を狙った投機的な投票行動により、長期的な組織利益が損なわれる可能性もあります。
これらの新たな可能性とリスクの詳細な分析については、後編で具体的なDAO事例とともに詳述する予定です。
7. 前編まとめ
制度進化の累積的性格
株式会社制度の発展を振り返ると、それは一朝一夕に完成したものではなく、数世紀にわたる試行錯誤と漸進的改良の積み重ねであることが明確です。中世の商人ギルドから始まって、コメンダ契約、東インド会社、有限責任制度、証券市場、プロキシ制度、各時代が直面した課題に対する制度的解決策が層状に蓄積されてきました。
この累積的な進化プロセスの中で、「分散(所有)と集中(執行)の折衷」という現代株式会社の基本構造が形成されました。
これは理論的に最適化された設計ではなく、歴史的制約条件の下での実用的妥協の産物です。しかし、この妥協的な構造こそが、長期・大規模プロジェクトの実現を可能にし、産業革命以降の経済発展を支えてきました。
制度設計の動的均衡
株式会社制度の進化は、静的な最適化ではなく、変化する環境に対する動的な適応プロセスとして理解することが重要です。株式の流動性と有限責任は投資参加を民主化し、資本調達の効率性を高めました。ガバナンス・コードやスチュワードシップは、グローバル化や機関投資家の台頭といった環境変化に対応して導入された制度的イノベーションです。
現在進行中のステークホルダー資本主義への転換も、気候変動、社会格差、技術変化などの新たな課題に対する制度的応答として理解できます。企業統治制度は固定的なものではなく、社会的課題や技術的可能性の変化に応じて継続的に進化しています。
DAOの歴史的位置づけ
DAOは、この長い制度進化の歴史的文脈の中に位置づけて理解する必要があります。
既存制度の全面的な代替ではなく、ブロックチェーンとスマートコントラクトは、従来の制度設計における物理的・技術的制約を緩和し、新たな設計可能性を開きます。
しかし、技術的な可能性の拡大が自動的に制度的な改善をもたらすわけではありません。重要なのは制度設計の根本的な思想です。
DAOの設計者は、従来制度が蓄積してきた制度的知恵を無視することなく、新たな技術的可能性を活用した制度的イノベーションを追求する必要があります。
後編では、この歴史的文脈を踏まえて、DAOの具体的な設計原理、実際の事例分析、そして将来的な発展可能性について解説します。
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