おはようございます。
web3リサーチャーのmitsuiです。
毎週土日のお昼にはweb3の基礎レポートを更新しています。今週は「情報のコピーと価値のコピー」について解説します。
第1章 コピーの時代
イントロダクション:情報はコピーされる
私たちが現在暮らすデジタル世界は、情報が無限に複製されることを前提として成り立っています。テキスト、画像、音声、動画といったあらゆるデータは、瞬時に、完璧に、そしてほとんどコストをかけずにコピーされ、拡散されます。
これは人類史上、極めて革命的な変化です。かつて情報が物理的な媒体(石版、パピルス、紙など)に固定されていた時代には、複製には労力と時間、そして費用が必要でした。しかし、インターネットとデジタル技術は、その複製にかかるコストを事実上ゼロにしました。
この「コピーの自由」は、知識の民主化と文化の発展という計り知れない恩恵をもたらしましたが、同時に、情報に価値を置いて経済活動を行ってきた産業、特にコンテンツ産業に対して、ビジネスモデルの根幹を揺るがす深刻な課題を突きつけました。
本記事では、この「情報がコピーされる」という不可避な現実が、いかにして「価値のコピー」という新たなパラダイムを生み出したのかを解き明かすことにあります。
インターネットは「コピーのマシン」
インターネットは、情報を世界規模でやり取りするためのインフラストラクチャですが、その本質は「コピーのマシン」と言い換えられます。ブラウザでウェブページを閲覧する際、私たちはサーバーに保存されたデータのコピーをダウンロードしています。メールの添付ファイルを開くとき、そのファイルはコピーされます。デジタルデータは、物理的な制約を受けないため、無限に複製可能であり、インターネットはその複製と配布を極限まで効率化するメカニズムとして機能しました。
この技術革新は、情報の供給者と消費者の関係を一変させました。情報の稀少性が失われた結果、コンテンツの価値は「所有」から「アクセス」へと徐々にシフトしていくことになります。
写本→印刷機→デジタル化の流れ
情報の複製技術の歴史を振り返ると、デジタル化がいかに異質な存在であるかが分かります。
中世ヨーロッパにおける写本の時代、知識は教会や修道院に独占され、情報の複製には高度な技術と膨大な時間がかかり、コストも非常に高価でした。情報は極めて稀少で、一部のエリートにしかアクセスできませんでした。
15世紀にヨハネス・グーテンベルクが印刷機を発明すると、情報複製のコストは大幅に低下し、聖書や学術書が広く流通するようになり、ルネサンスや宗教改革の基盤となりました。印刷機は、知識を「大量複製可能」なものに変え、情報アクセスの民主化を推進しました。
そして20世紀後半のデジタル化は、その流れを究極まで加速させました。印刷機がコピーのコストを「安価」にしたのに対し、デジタル化はコピーのコストを「ゼロ」にしました。これにより、情報の稀少性は完全に崩壊し、誰もがコンテンツの出版社、配布者となり得る世界が到来しました。この歴史的文脈において、デジタル化は、情報の価値観を根本から問い直す、最も強力な技術革新であったと言えます。
MP3の発明
デジタル時代におけるコピー文化の爆発的な広がりは、音楽ファイルフォーマット「MP3」の発明抜きには語れません。MP3は、フルデジタルオーディオの普及を決定づけた技術です。
音楽をデジタルで扱うこと自体はCDの登場からありましたが、CDの音源データは容量が大きく、当時の低速なインターネット環境では共有に適していませんでした。そこで開発されたのが、MPEG-1 Audio Layer 3、通称MP3です。
音声圧縮技術の登場
MP3技術の核心は、人間の聴覚心理学に基づいた非可逆圧縮技術にあります。人間が聞き取れないとされる高周波数帯域の音や、大きな音の裏に隠れてしまう小さな音(マスキング効果)を大胆にカットすることで、音質を大きく損なうことなく、CD音源のファイルサイズを約10分の1に圧縮することに成功しました。
この劇的なファイルサイズの縮小は、音楽ファイルの交換を現実的なものにしました。わずか数メガバイトのMP3ファイルであれば、当時のダイヤルアップ接続でも数分でダウンロードが可能となり、音楽が物理的なパッケージ(CD)から切り離され、「データ」として流通する道が開かれたのです。この発明こそが、後の音楽産業の混乱の引き金となりました。
Winamp、iPodなど「音楽を持ち歩く体験」
MP3が普及した背景には、それを便利に楽しむためのソフトウェアとハードウェアの進化がありました。
1997年に登場した音楽再生ソフトウェア「Winamp」は、MP3ファイルを簡単に管理・再生できる機能を提供し、多くのPCユーザーのデジタルミュージック体験を支えました。そして、2001年にAppleが発売した携帯音楽プレーヤー「iPod」は、「1,000曲をポケットに」というキャッチコピーの通り、ユーザーが所有するMP3ファイルをどこへでも持ち運べる体験を実現しました。
これらのデバイスとソフトウェアは、ユーザーにとっての音楽の価値を「店舗で買うCD」から「PCのハードディスクに保存されたファイル」へと変貌させました。コピーされた音楽ファイルが資産として個人の中に蓄積されていくこの体験は、デジタルコンテンツの享受のあり方を根本的に変えたと言えます。
NapsterとP2Pの衝撃
1999年に登場した「Napster(ナップスター)」は、デジタルコンテンツのコピー文化を社会現象にまで押し上げたサービスです。
Napsterは、ユーザーが自分のPCに保存しているMP3ファイルを、インターネットを介して他のユーザーと直接交換できるようにするP2Pファイル共有サービスの先駆けでした。サービス自体は中央集権的なサーバーが検索インデックスを管理するハイブリッド型でしたが、その利便性は圧倒的でした。
「世界中の音楽が無料で手に入る」体験
Napsterがもたらした体験は、まさに革命的でした。ユーザーは、これまでレコード店で購入するしかなかった音楽を、検索一つで、しかも無料で手に入れることができるようになったのです。これは、地理的、経済的な制約から解放され、誰もが即座に膨大な音楽ライブラリにアクセスできる「世界中の音楽の無料のデジタル図書館」が誕生したに等しい出来事でした。
この「無料」かつ「無限のコピー」というデジタル技術の力を利用したモデルは、既存の音楽産業のビジネスモデル、すなわち「稀少な物理媒体を販売することで収益を得る」という根幹を、わずか数年で崩壊の危機に追い込みました。
著作権産業の崩壊危機
Napsterの登場と普及は、レコード会社やアーティスト、著作権管理者にとって未曾有の危機をもたらしました。何百万、何千万というユーザーが無料で音楽ファイルを交換し始めた結果、CDなどの物理媒体の売上は急激に減少しました。
著作権者たちは、自らの創造物が無許可で複製・配布されている状況に対し、Napsterを著作権侵害幇助として提訴しました。この法廷闘争は、コンテンツのデジタル化が進む中で、伝統的な著作権法が新しい技術環境に適用できないという構造的な問題点を浮き彫りにしました。最終的にNapsterは閉鎖に追い込まれますが、その後に続くP2P技術の進化は、コンテンツ産業の苦難の時代の始まりを告げるものでした。
コピー文化の定着
Napsterが法的な理由で姿を消した後も、P2P技術の進化は止まりませんでした。
LimeWire、WinMXなど後継サービス
Napster閉鎖後、次に台頭したのは「WinMX」「LimeWire」といった、より分散化された、または匿名性の高いP2Pファイル共有ソフトウェアでした。これらのソフトウェアは、中央集権的なサーバーへの依存度を下げたり、通信を暗号化したりすることで、取締りを一層困難にしました。特に、インデックスの管理すら分散化する完全P2Pネットワークの登場により、著作権侵害コンテンツの流通はインターネットの隅々まで行き渡り、「違法コピー」は技術的にはもはや制御不能な状態に陥りました。
「情報はコピーされる前提」という諦め
P2Pネットワークの無秩序な拡大と、それに伴う訴訟の泥沼化を経て、コンテンツ産業側には、ある種の「諦め」が生まれました。それは、「技術的に、コピーを完全に阻止することは不可能である」という認識です。
コピー防止技術(DRM:Digital Rights Management)は次々と開発されましたが、それらはすぐにクラックされ、また正規の購入者にとっても不便をもたらすことが多かったため、その効果は限定的でした。この結果、「コンテンツは常にコピーされる」という前提に立って、新しいビジネスモデルを構築する必要性が痛感されることになります。
音楽産業の売上減少
1999年頃から2010年代初頭にかけて、音楽産業はデジタル化の最大の犠牲者となりました。国際レコード産業連盟(IFPI)のデータなどによれば、世界の音楽売上はピーク時(1999年頃)から2014年頃までに半減に近い水準まで落ち込みました。これは、違法なファイル共有が主な原因であり、レコード会社、ミュージシャン、プロデューサーといった産業のあらゆるレイヤーに甚大な経済的打撃を与えました。
この期間は、音楽産業が「コピーとの戦い」に敗北した時代であり、デジタル時代のコンテンツの価値をどのように再定義するかという課題を、世界に突きつけた時代でもありました。
新たな解決策:iTunesとSpotify
コピー文化に対抗するために産業が導き出した答えは、「技術的な防御」ではなく、「ユーザー体験の向上」でした。
コピーを止めるのではなく、便利さで勝つモデル
Appleの「iTunes Store」は、音楽産業に新たな収益源をもたらしました。これは、無料の違法コピーに対抗するために、1曲あたり99セントという手頃な価格設定、簡単な購入手続き、そしてiPodという優れたデバイスとのシームレスな統合という利便性で勝負を挑んだモデルです。ユーザーは、多少の費用を払っても、ウイルスや手間といったリスクを冒す違法コピーよりも、簡単で安心な正規のサービスを選ぶようになりました。
さらに、2008年に登場し、後に世界を席巻した「Spotify」は、その戦略をさらに一歩進めました。
サブスクによる「所有からアクセスへ」のシフト
Spotifyは、サブスクリプション(定額制)モデルを採用することで、音楽消費を「所有」から「アクセス」へと完全にシフトさせました。ユーザーは、個々の曲やアルバムを「買う」のではなく、月額料金を支払うことで、数千万曲という膨大なライブラリ全体に無制限に「アクセス」する権利を購入します。
このモデルは、違法コピーを根絶することはできませんでしたが、圧倒的な利便性、多様性、そして合法性を提供することで、音楽産業を再び成長軌道に乗せました。ユーザーはもはやファイルを管理する手間から解放され、いつでもどこでも好きな音楽を楽しめるようになりました。これは、デジタルコンテンツの経済圏が、稀少性の追求を諦め、「利便性の最大化」と「継続的なアクセス権の販売」という新たなビジネスロジックを見出した瞬間でした。
第2章 所有の時代
デジタルにおける所有の難題
第1章で見てきたように、インターネットは「コピー」を究極まで自由にし、既存の「所有」の概念を根底から揺るがしました。しかし、人間社会の経済活動は、「所有権」という概念の上に成り立っています。デジタル世界で経済活動を行うためには、コピー可能でありながらも、「これだけは唯一無二である」と証明できる仕組みが不可欠でした。
デジタルデータは、物理的な資産とは異なり、ビット列として完璧にコピーできるため、物理世界のような「排他性(Exclusivity)」がありません。例えば、あなたがデジタルアートの画像ファイルを持っていたとしても、誰でもその画像をダウンロードして複製し、自分のPCに保存できます。この時、オリジナルのコピーと、違法なコピーの間に、データ上の違いは一切ありません。
コピー可能な世界では「オリジナル」とは何か?
デジタルアートの例に限らず、デジタル音楽、電子書籍など、すべてのデジタルコンテンツにおいて、「オリジナル」とは一体何を意味するのかという問いが生まれます。著作権法上の保護は受けられますが、技術的な意味での排他性(唯一性)は保証されません。
コンテンツの価値を保つためには、コピーされたデータではなく、そのデータに対する「排他的な権利」、すなわち「所有権」を誰か一人が持っていることを、第三者が明確に証明し、共有できる仕組みが必要でした。これがデジタルにおける「所有」の難題であり、この課題を解決することが、後のweb3の基盤となりました。
二重支払い問題(double-spending problem)
デジタルにおける所有の難題の中でも、特に通貨という側面で最重要の課題が「二重支払い問題(double-spending problem)」です。
物理的な通貨、例えば100円玉は、一度使用すれば手元からなくなります。しかし、デジタルデータ、例えば一つのテキストファイルは、簡単にコピーしてAさんにもBさんにも送ることができます。これをデジタル通貨で試みると、持っているデジタル通貨をAさんへの支払いに使った後、そのコピーをBさんへの支払いにも使ってしまうことが可能になってしまいます。これが二重支払い問題です。
この問題を解決できなければ、デジタル通貨の信用は失われ、経済的な価値を持つことはできません。従来の金融システムでは、銀行という中央管理者がすべての取引履歴を一元管理し、「AさんがBさんに送金した後、Aさんの残高はゼロになった」という事実を保証することで、二重支払いを防いでいました。しかし、これは中央集権的なシステムに依存しているため、検閲や管理者の不正のリスクを常に抱えていました。
ブロックチェーンの登場
このデジタルにおける「唯一性」と「二重支払い問題」という、長年の難題に対する革命的な解決策が、2008年にサトシ・ナカモトと名乗る人物が発表した論文によって提示されました。それが、ビットコイン(Bitcoin)と、その基盤技術であるブロックチェーンです。
ブロックチェーンは、デジタル世界において、中央管理者を必要とせずに、取引の真実性(二重支払いがないこと)を担保するための、分散型の台帳技術として登場しました。
Bitcoinが示した「デジタルにおける唯一性」
Bitcoinは、「P2P電子キャッシュシステム」として設計されました。その核心は、世界中のネットワーク参加者(ノード)全員が取引履歴を共有し、検証し合うという仕組みです。これにより、中央集権的な銀行の役割を、分散されたネットワーク参加者が担うことになります。
このシステムが達成したのは、デジタルデータ(ビットコインという価値)が、物理的な通貨と同様に「唯一性」を持つことです。一度送金されたビットコインは、ネットワーク全体によってその取引が承認・記録され、その記録は改ざんが極めて困難になります。つまり、ビットコインは、コピーはできても、価値としての二重利用はできないという、デジタル世界初の「コピー不可の通貨」として成立したのです。
マイニングと検証で「コピー不可の通貨」が成立
Bitcoinのネットワークでは、「マイニング(採掘)」というプロセスが、取引の検証とブロックチェーンへの記録を担います。
ネットワーク上で発生したすべての取引は「ブロック」にまとめられ、マイナーと呼ばれる参加者が、そのブロックの正当性を証明するための計算競争(Proof of Work: PoW)を行います。この計算は非常に難しいため、正当なブロックを作成するには膨大なコスト(電力と時間)がかかります。
この膨大な計算コストが、ブロックチェーンのセキュリティを保証しています。一度記録された取引を改ざんするためには、その後のすべてのブロックのPoWをやり直す必要があり、現実的に不可能です。これにより、二重支払いが行われなかったこと(=デジタル価値の唯一性)が、ネットワーク全体の合意(コンセンサス)によって保証される仕組みが確立されました。
このブロックチェーン技術の発明により、デジタル世界は初めて、コピー可能な情報とは別に、「誰もが唯一の所有者であると証明できる価値の層」を持つに至ったのです。この層こそが、次世代のインターネットであるweb3の基盤となります。
NFTという発明
ビットコインがデジタル世界に「コピー不可の通貨」という唯一性をもたらした一方で、次に求められたのは、通貨ではない個別のデジタル資産に対する唯一性の証明でした。
2017年にイーサリアム上で標準化された「ERC-721」規格は、この課題を解決しました。この規格に基づくトークンが、NFTです。「Non-Fungible」とは「代替不可能」という意味であり、ビットコインのような1枚1枚が等価で代替可能な通貨(Fungible)とは異なり、NFTは、それぞれが固有のIDとメタデータを持つ、世界に一つだけのデジタル証明書です。これにより、デジタルアートやゲーム内アイテム、その他のデジタルな創作物に、「このデータはこの所有者に紐づいている」という排他的な属性を付与することが可能となりました。
NFTは“所有証明”であり、“データ自体”ではない
NFTについて理解する上で最も重要な点の一つは、NFT自体がアートの画像や音楽のファイルデータそのものをブロックチェーン上に保存しているわけではない、という点です。
NFTがブロックチェーン上に記録しているのは、以下の情報です。
トークンID: 世界で唯一の識別番号。
所有者アドレス: 現在の所有者のウォレットアドレス。
メタデータへのポインタ(URI): 実際のデータ(画像ファイルなど)がどこにあるかを示すURLやハッシュ値。
つまり、NFTは、ある特定のデジタルデータに対する「あなたが唯一の所有者であることの証明書」、あるいは「公的な所有権の記録」として機能します。
実際のデータは、IPFS(InterPlanetary File System)などの分散型ストレージや、場合によっては中央集権的なウェブサーバーに保存されています。この構造こそが、コピー可能なデータに対し、コピー不可能な「価値のレイヤー」を重ねるという、NFTの本質を構成しています。
コピー可能性と「正規品」ラベルの関係
NFTの登場によって、「情報のコピー」と「価値のコピー」の分離がより明確になりました。
デジタルアートの例で考えてみましょう。あるNFTアートの画像をスクリーンショットで撮ったり、ダウンロードしたりして、誰もが自分のPCにコピーすることは可能です。これは情報としてのコピーの自由であり、インターネットの特性そのものです。しかし、これらのコピーされたデータは、ブロックチェーン上のNFT(所有権の記録)とは紐づいていません。
NFTの価値は、そのデータに対する「オリジナルであることの公的な証明」にあります。NFTは、コピー可能なデジタルデータに、ネットワークの合意によって裏付けられた「正規品」というラベルを付与する役割を果たします。この「正規品」ラベルこそが経済的な価値を生み出し、デジタルアートを投機対象やコレクティブルとして成立させているのです。
NFTが生んだ新しい文化
NFTは、単なる技術革新に留まらず、デジタルクリエイターの収益化、ファンとの関係性、そして新しいコミュニティの形成といった、広範な文化的な変革をもたらしました。
NFTの活用によって、クリエイターは仲介業者を介さずにファンと直接繋がり、デジタル作品を「販売」することが可能になり、収益化の機会を大きく広げました。
CryptoPunksとコミュニティ文化
NFTブームの黎明期を象徴するプロジェクトの一つが「CryptoPunks(クリプトパンクス)」です。2017年に登場したこのピクセルアートのプロジェクトは、初期の実験的な試みでありながら、後に高額で取引されるようになり、PFP(Profile Picture)という文化を生み出しました。
PFPとしてのNFTは、単なるアート作品ではなく、「コミュニティへの所属証明」や「デジタルアイデンティティ」として機能しました。特定のNFTを所有することが、そのコミュニティのメンバーであることを意味し、排他的なチャットルームへのアクセス権や、関連イベントへの参加権など、実用的な価値を持つようになりました。これは、デジタルにおける「所有」が、単なる資産価値だけでなく、社会的地位や帰属意識といった無形の価値をもたらすことを示した好例です。
Beeple作品の高額落札
2021年3月、デジタルアーティストのBeeple(ビープル)のNFT作品が、老舗オークションハウスのクリスティーズで約6,930万ドル(当時の日本円で約75億円)という驚異的な価格で落札されました。
この出来事は、デジタルアートが、レオナルド・ダ・ヴィンチやピカソといった物理的なアート作品と同じ土俵で、同等の経済的価値を持つことを世界に知らしめました。この高額落札は、NFTが単なるニッチな技術ではなく、アート市場と投資の世界を揺るがすほどのインパクトを持っていることを証明しました。
NBA Top Shotが示したマス市場の可能性
NFTがアートやPFPといった限定的な分野だけでなく、より広範なマス市場で受け入れられる可能性を示したのが、バスケットボールリーグNBAの公式ライセンス商品である「NBA Top Shot」です。
これは、NBAの試合における決定的な瞬間(ハイライト動画)をデジタルコレクティブルとしてNFT化したもので、従来のトレーディングカードのデジタル版と言えます。既存の巨大なIPとNFTを結びつけることで、暗号資産の知識がない一般のファン層にもNFTの楽しさと所有の価値を浸透させました。
デジタル所有の意味
NFTが定義したデジタル所有とは、従来の「ファイルの所有」とは全く異なる概念です。
コピーは誰でもできるが、「所有者は一人」という仕組み
デジタル所有の本質は、アートのデータ自体を独占することではなく、「このデータの最初のクリエイター、及び現在の正当な所有者の記録」を独占することにあります。データは自由にコピーされ、多くの人が楽しめますが、ブロックチェーン上の所有権レコードは世界で一つであり、排他性を持ちます。
これは、従来の音楽サブスクリプションが提供する「アクセス権」とは明確に異なります。サブスクでは月額料金を払えば誰もがコンテンツにアクセスできますが、NFTでは、特別なトークンを持つ人だけが「所有権」を持つという明確なヒエラルキーが生まれます。
二次流通でクリエイターに還元(ロイヤリティ)
NFTがクリエイターエコノミーにもたらした最も革新的な仕組みの一つが、二次流通におけるロイヤリティの自動支払いです。
物理的なアート作品の場合、一度販売されると、その後の転売益はすべて転売した所有者のものとなり、クリエイターには一切還元されません。しかし、NFTはスマートコントラクトによって発行されるため、NFTが転売されるたびに、売買価格の一定割合(例:5%〜10%)が自動的にクリエイターのアドレスに送金されるようプログラムすることが可能です。
この仕組みは、デジタル資産の流通が活発になるほどクリエイターに継続的な収益をもたらし、持続可能なクリエイターエコノミーを可能にしました。
ファンとクリエイターの直接的な関係性
NFTの取引は、すべてブロックチェーン上で、ファン(購入者)とクリエイターの間で直接行われます。これにより、従来のプラットフォーム(レコード会社、ギャラリー、配信サービスなど)による中間搾取を最小限に抑えることが可能です。
NFTの所有者(ファン)は、単なる消費者ではなく、ロイヤリティを通じてクリエイターの活動を長期的に支援する「投資家」や「パートナー」としての側面も持つようになります。これにより、ファンは作品への愛着だけでなく、クリエイターの成功を願う動機付けも生まれ、より強固なコミュニティが形成されます。
第3章 これからのコピーと所有
所有から体験へ
NFTが投機的な側面で注目を集めることが多かった一方で、web3の進化の焦点は、単なるデジタル資産の「所有」から、その所有権を基盤とした「体験(ユーティリティ)」へと移行しています。NFTの真価は、そのトークンがもたらす排他的な権利や、コミュニティでの役割にあります。
これは、web3が、インターネットが一度破壊した「所有」の概念を再構築し、それを新しい形のコミュニティやサービスに活用し始めたことを意味します。
ゲーム内アイテム(Skins、土地)
ゲーム分野は、NFTが最も大きな変革をもたらすと期待されている領域の一つです。従来のゲームでは、ユーザーが時間や労力をかけて獲得・購入したゲーム内アイテム(スキン、武器、仮想の土地など)の所有権は、ゲーム運営会社に帰属していました。
しかし、NFT化されたゲーム内アイテムは、ユーザーが真に所有することができ、ゲーム外のマーケットプレイスで自由に売買できます。これにより、Play-to-Earn (P2E) / Play-and-Earn (P&E)という、「ゲームをすることで収益を得る」新しい経済圏が誕生しました。さらに、アイテムが複数のゲームやメタバース間で相互運用可能になることで、デジタル資産の価値が単一のプラットフォームに依存しない未来が構想されています。
音楽NFT(Royal、Coop Records)
音楽分野では、NFTはサブスクリプションモデルに代わる、あるいはそれを補完する新たな収益モデルとして進化しています。
「Royal」などのプラットフォームでは、アーティストが楽曲のストリーミングロイヤリティの一部をNFTとしてファンに販売しています。ファンはNFTを所有することで、その楽曲が生み出す将来的な収益の一部を受け取ることができ、アーティストの成功と自身の経済的利益が直結します。
また、NFTをファンクラブ会員証として利用し、未発表曲へのアクセス、限定イベントへの参加権、アーティストとの交流機会といった、排他的な体験を提供することで、熱心なファンとの繋がりを強化しています。
IPやブランド展開
グローバルなIPホルダーや高級ブランドも、NFTを単なるデジタル商品としてではなく、ブランディング、顧客エンゲージメント、そして偽造防止のためのツールとして活用し始めています。
例えば、高級ファッションブランドは、現実の製品の購入者に、その製品の真正性を証明するデジタル証明書としてNFTを発行したり、メタバース内で利用できるデジタルファッションアイテムを販売したりしています。これは、ブランドがデジタル世界における稀少性と真正性を担保するために、ブロックチェーンの「所有証明」能力を利用していることを示しています。
NFTの課題と進化
NFTの市場は急速に拡大しましたが、いくつかの構造的な課題も抱えており、それらを解決するための技術的な進化が続いています。
著作権と所有権のズレ
現在のNFT市場における最大の課題の一つは、「NFTの所有権」と「基礎となるコンテンツの著作権」が法的に明確に分離していることです。
一般的に、NFTを購入しても、それはコンテンツの所有権(トークンをウォレットに持つ権利)を取得しただけであり、コンテンツ自体の著作権(複製、二次利用、改変などの権利)を譲渡されたわけではありません。著作権は通常、クリエイターに留保されます。この法的なズレは、NFTの所有者がどの程度の自由を持って二次創作や商業利用ができるのかという点で混乱を生じさせています。
この課題に対処するため、一部のプロジェクトでは、所有者に広範な商用利用権を付与する「CC0(Creative Commons Zero)」や「CCO(Creative Commons Optional)」といったライセンスモデルを採用し、著作権の曖昧さを解消しようとしています。
メタデータの外部保存問題
NFTのメタデータ(画像や動画の場所を示す情報)が、中央集権的なウェブサーバーに保存されている場合、そのサーバーがダウンしたり、サービス提供者がデータを削除したりすると、NFTが指し示す実体(画像など)が失われてしまうという脆弱性があります。これは、NFTの非中央集権性という本質に反する問題です。
これを解決するため、NFTのメタデータをIPFSやArweaveといった分散型ストレージに保存し、ブロックチェーン自体が指し示すポインタを永続的なものにする技術が主流になりつつあります。
RWA・IPRWA・チケット・証明書への広がり
NFTの技術は、デジタルアートから離れ、実社会の「唯一性」や「権利」を証明する分野へと応用範囲を広げています。
RWA (Real World Assets) / IPRWA (Intellectual Property Real World Assets): 不動産、美術品、金といった物理的な資産や、特許、商標といった知的財産権をトークン化(トークナイゼーション)することで、それらの権利を小口化し、流動性を高める試みです。
チケット・証明書: イベントのチケットや大学の卒業証明書、身分証明書などをNFT化することで、偽造が困難なデジタル証明書として機能させ、転売の履歴や真贋の検証を容易にすることが可能です。
これは、ブロックチェーンが、デジタルデータだけでなく、実世界の「価値」の所有証明という役割を担い始めたことを意味します。
コピーと所有のダイナミズム
web3の未来は、「コピーの自由」と「所有の証明」という、一見相反する二つの力がダイナミックに作用し合うことで形作られます。
コピーの自由が文化を拡げる
インターネットが情報拡散の自由をもたらしたことは、人類の文化的な発展において疑いなくプラスでした。例えば、ミーム文化や二次創作、ファンによるコンテンツの自由な利用は、IPの認知度を高め、文化を活性化させます。web3時代においても、基盤となるデータやアートワークのコピーの自由は、文化を広く知らしめ、人々の記憶に残すための重要な要素であり続けます。
所有の証明が経済を支える
一方で、ブロックチェーンによる所有の証明は、そのコピーされた文化の中から、「最も価値あるオリジナル」や「排他的なアクセス権」を切り分け、そこに経済的な流動性と投資を呼び込みます。クリエイターは、自分の作品がコピーされて広まることを許容しつつ、その中で最も熱心なファンに対してのみ、唯一の所有証明や排他的な権利を提供することで収益を得るという、新しい経済的なロジックが成立します。
両者のバランスがデジタル時代の課題
web3時代における最大の課題は、この「コピーによる文化の普及」と「所有による経済の安定」の最適なバランスを見つけ出すことです。
あまりにも所有権を厳しくしすぎると、文化は停滞します。逆に所有権が曖昧すぎると、クリエイターが創作活動を続けるための経済的インセンティブが失われます。新しい時代は、技術(スマートコントラクト)と法制度(新しいライセンスモデル)の両面から、この二つの力の均衡点を探る取り組みが求められています。
まとめ
インターネット前半:コピーの衝撃
1990年代後半から2000年代にかけてのインターネットは、デジタル情報が持つ「無限のコピー可能性」という特性を解き放ちました。これにより、情報は物理的な制約から解放され、民主化されましたが、従来のコンテンツ産業には壊滅的な打撃を与え、「所有」の概念を一時的に崩壊させました。
ブロックチェーン後半:所有の発明
2008年のビットコイン、そしてその後のイーサリアムとNFTの発明は、このデジタル世界に、初めて「唯一性」と「排他的な所有証明」という概念を、中央管理者を介さずに導入しました。ブロックチェーンは、コピー可能な情報の上に、コピー不可能な「価値の層」を構築するという、デジタル時代の最も重要な発明の一つです。
次の時代:コピーと所有を掛け合わせた新しい経済圏
私たちは今、インターネットの後半戦、すなわちweb3(所有のインターネット)の時代に突入しています。この新しい経済圏では、誰もがコンテンツを自由にコピーして文化を享受しつつも、クリエイターとファンがブロックチェーンを介して直接繋がり、そのコンテンツに対する唯一の権利や排他的な体験を「所有」し、収益を分かち合うことが可能になります。
コピーの自由がもたらす普及力と、所有の証明がもたらす経済力が融合したこの新しい経済圏こそが、web3が描く未来の姿であると言えるでしょう。
免責事項:リサーチした情報を精査して書いていますが、個人運営&ソースが英語の部分も多いので、意訳したり、一部誤った情報がある場合があります。ご了承ください。また、記事中にDapps、NFT、トークンを紹介することがありますが、勧誘目的は一切ありません。全て自己責任で購入、ご利用ください。
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