おはようございます。
web3リサーチャーのmitsuiです。
毎週土日のお昼にはweb3の基礎の基礎レポートを更新しています。今週は「租税貨幣論」について解説します。ぜひ最後までご覧ください!
はじめに
通貨価値に関する代表的な理論
租税貨幣論(Chartalism)の基本
国家と通貨需要の関係
租税貨幣論のメリットと限界
まとめ
はじめに
私たちは毎日何気なく通貨を使って生活しています。コンビニで100円硬貨を差し出せば、そのコインには確実に100円の価値があると信じて疑いません。しかし、この金属片がなぜ100円の価値を持つのでしょうか。金や銀などの貴金属でできているわけでもなく、その材料価値は数円程度でしかありません。それでも私たちがこの硬貨を100円として受け取るのは一体なぜなのでしょうか。
なぜ今、通貨価値を改めて考える必要があるか
この問いは、21世紀に入って特に重要性を増しています。2008年にビットコインが誕生して以来、暗号資産という新たな通貨概念が急速に普及し、従来の法定通貨とは異なる価値創造メカニズムを提示しています。
イーサリアムやソラナといったブロックチェーンプラットフォームのネイティブトークンは、中央銀行も政府も存在しないデジタル空間で独自の経済圏を形成し、時として数兆円規模の価値を持つに至っています。
こうした状況下で、従来の通貨理論だけでは説明しきれない現象が次々と現れています。
なぜビットコインは金との類似性を指摘されながらも、金とは全く異なる価格形成をするのでしょうか。なぜイーサリアムのETHは「デジタル石油」と呼ばれながらも、石油とは異なる価値変動を示すのでしょうか。これらの疑問に答えるためには、通貨価値そのものの本質を改めて理解する必要があります。
暗号資産と法定通貨を同じ土俵で比較する意義
従来、法定通貨と暗号資産は全く別物として扱われることが多くありました。法定通貨は「本物の通貨」であり、暗号資産は「投機的な商品」や「新しい技術実験」として位置づけられがちでした。しかし、通貨価値の根本原理から見れば、両者は実は共通する構造を持っています。
重要なのは、どちらも「強制的な需要」によって価値が支えられているという点です。
法定通貨の場合、その強制的需要は国家による納税義務から生まれます。一方、ブロックチェーンのネイティブトークンの場合、その強制的需要はネットワーク利用時のガス代支払い義務から生まれます。この共通点を理解することで、両者を同じ理論的枠組みで分析することが可能になります。
本記事の構成
本記事では、通貨価値の源泉を探るため、法定通貨の価値がどこから来るのかを「租税貨幣論」(Chartalism)という理論を通じて詳しく見ていきます。租税貨幣論は、通貨価値が国家による納税義務によって支えられるという考え方で、現代の法定通貨システムを理解する上で非常に有効な理論です。
この理論の枠組みを理解することで、後編で扱うブロックチェーンのネイティブトークンの価値がなぜ生まれるのかについても、統一的な視点で分析することができるようになります。
通貨価値に関する代表的な理論
通貨がなぜ価値を持つのかという問いに対して、経済学では古くから様々な理論が提唱されてきました。ここでは、租税貨幣論を理解するための前提として、主要な通貨価値理論を概観してみましょう。
商品貨幣論(金本位制など)
最も古典的で直感的な説明が商品貨幣論です。この理論によれば、通貨の価値はその通貨が代表する商品(多くの場合は金)の価値に由来します。
19世紀から20世紀前半にかけて広く採用された金本位制は、この理論の典型例です。金本位制下では、紙幣は一定量の金と交換することを政府が約束した「金の引換券」でした。例えば、1ドル紙幣は一定量(約1.5グラム)の金と交換できることが保証されていたため、紙幣の価値は金の価値と直結していました。
この仕組みの利点は分かりやすさです。金という物理的に希少で価値のある商品が通貨価値を支えているため、人々は安心してその通貨を受け取ることができます。また、政府による通貨の過度な発行は金準備高によって制約されるため、インフレーションの抑制効果もありました。
しかし、商品貨幣論には重要な限界があります。まず、金の産出量によって通貨供給が制約されるため、経済成長に必要な通貨供給の柔軟性が失われます。また、金鉱山の発見や採掘技術の進歩によって金の供給が急増すれば、予期しないインフレーションが発生する可能性もあります。
1971年のニクソン・ショックによって最後の金本位制が終了した後、世界の主要通貨は全て「不換紙幣」となりました。現在の円やドル、ユーロには金との交換保証はありません。それでもこれらの通貨が価値を持ち続けているという事実は、商品貨幣論だけでは現代の通貨システムを説明できないことを示しています。
信用貨幣論
商品貨幣論の限界を受けて発展したのが信用貨幣論です。この理論では、通貨の価値は発行主体(通常は中央銀行や政府)に対する信頼に基づくとされます。
信用貨幣論の核心は「信頼」です。人々が日本銀行や日本政府を信頼しているからこそ、日本円は価値を持ちます。アメリカの経済力と政治的安定性への信頼があるからこそ、米ドルは世界の基軸通貨としての地位を維持しています。
この理論は現代の不換紙幣システムをよく説明します。金との兌換性がなくても、発行主体への信頼があれば通貨は機能します。また、中央銀行の金融政策によって通貨供給を柔軟に調整できるため、経済の安定化にも寄与します。
しかし、信用貨幣論にも課題があります。最大の問題は「信頼の循環論」です。なぜ人々は中央銀行を信頼するのでしょうか。「みんなが信頼しているから信頼する」という説明では、信頼の最初の根拠が不明なままです。
また、信頼は主観的で変動しやすいものです。政治的混乱や経済危機によって信頼が損なわれれば、通貨価値は急激に下落する可能性があります。実際に、高インフレーションや通貨危機に見舞われた国々では、自国通貨への信頼失墜により米ドルなどの外国通貨が広く使用される「ドル化」現象が観察されます。
租税貨幣論の位置づけ
こうした従来理論の限界を踏まえ、より具体的で説得力のある説明を提供するのが租税貨幣論です。租税貨幣論は、信用貨幣論の「なぜ信頼するのか」という根本的な疑問に対して、「納税義務があるから」という明確な答えを提示します。
租税貨幣論の要点を先取りすれば、通貨価値は国家の課税権に基づいています。政府が特定の通貨での納税を法律で義務づけることで、その通貨への強制的な需要が創出されます。この需要があるからこそ、人々はその通貨を価値あるものとして受け入れるのです。
重要なのは、租税貨幣論は信用貨幣論と対立する理論ではないということです。
むしろ、信用貨幣論の「信頼」の具体的な根拠を明らかにする理論と言えます。人々が政府を信頼する理由の一つは、政府に強力な課税権があり、その課税を通じて通貨需要を維持する能力があることなのです。
商品貨幣論、信用貨幣論、租税貨幣論は、それぞれ通貨価値の異なる側面を説明する理論です。歴史的に見れば、金本位制時代には商品貨幣論的側面が強く、現代の不換紙幣制度では信用貨幣論的側面と租税貨幣論的側面が複合的に作用していると考えることができます。
租税貨幣論(Chartalism)の基本
それでは、本記事の中心テーマである租税貨幣論について詳しく見ていきます。
租税貨幣論は英語でChartalism(チャルタリズム)と呼ばれ、ラテン語の「charta」(紙、文書)に由来します。この名前が示すように、通貨の価値は物理的な素材ではなく、法的・制度的な裏付けによって決まるという考え方が基本にあります。
定義:「通貨価値は納税義務によって支えられる」
租税貨幣論の核心は、極めてシンプルな主張に集約されます。「通貨の価値は、政府が納税にその通貨を要求することによって創出される」というものです。
この理論によれば、通貨価値の源泉は以下のようなメカニズムにあります。
まず、政府は法律によって、税金を特定の通貨で納付することを義務づけます。次に、この納税義務によって、その通貨への需要が強制的に創出されます。そして、この需要があるからこそ、人々はその通貨を価値あるものとして受け入れ、日常の取引でも使用するようになります。
具体的な例で説明してみましょう。
日本政府は所得税、消費税、法人税など様々な税金を日本円での納付に限定しています。この結果、日本国内で経済活動を行う個人や企業は、必ず一定量の日本円を保有する必要があります。税金を納めるためには他の通貨では代用できず、どうしても日本円が必要になるからです。
この「どうしても必要」という状況こそが、租税貨幣論が重視する「強制的需要」です。自由意志による需要(欲しいから買う)とは異なり、強制的需要(必要だから保有せざるを得ない)は極めて安定的で予測可能です。この強制的需要が通貨価値の確実な基盤となるのです。
歴史的背景(Knapp、Keynes、MMTとの関係)
租税貨幣論は決して新しい理論ではありません。その系譜は19世紀末まで遡り、現代に至るまで様々な経済学者によって発展させられてきました。
クナップの「国家貨幣論」
租税貨幣論の直接的な起源は、ドイツの経済学者ゲオルク・フリードリヒ・クナップ(Georg Friedrich Knapp, 1842-1926)の「国家貨幣論」(Staatliche Theorie des Geldes, 1905)にあります。クナップは、通貨の価値が国家の法的宣言(proclamation)によって決まると主張しました。
クナップの時代、ドイツでは金本位制が採用されていましたが、彼は金との交換可能性ではなく、国家による法定支払手段としての地位こそが通貨価値の源泉だと考えました。この洞察は、後に不換紙幣制度が一般化する20世紀後半において、その先見性が証明されることになります。
ケインズの採用と発展
20世紀前半の経済学界を席巻したジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes, 1883-1946)は、クナップの租税貨幣論に大きな影響を受けた一人でした。ケインズは1930年の『貨幣論』(A Treatise on Money)において、「少なくとも過去4,000年間、国家は何を貨幣として受け入れるかを宣言する権利を持っていた」と述べ、通貨価値における国家の役割を重視しました。
ケインズの貢献は、租税貨幣論を単なる貨幣理論から経済政策論へと発展させたことにありました。彼は、政府が支出を通じて通貨を供給し、課税を通じて通貨を回収するという循環的プロセスに注目し、この仕組みを活用した経済安定化政策を提唱しました。
現代貨幣理論(MMT)による復活
21世紀に入って租税貨幣論は、現代貨幣理論(Modern Monetary Theory, MMT)の中核理論として大きな注目を集めるようになりました。ランダル・レイ、ステファニー・ケルトン、ウォーレン・モスラーといったMMT論者たちは、租税貨幣論を現代の経済政策分析に応用し、財政政策の新しい理解を提示しています。
MMTの文脈では、租税貨幣論は「税金が財政支出の財源ではない」という逆説的な主張の基礎となっています。政府はまず支出によって通貨を経済に供給し、その後に税金として通貨を回収します。つまり、税金は政府支出の「財源」ではなく、通貨需要を創出し、経済を調整するための「ツール」なのです。
国家と通貨需要の関係
租税貨幣論の核心部分である、国家の課税が通貨需要をいかに創出し、維持するかについて詳しく分析してみましょう。このメカニズムを理解することで、法定通貨システムの本質が見えてきます。
法律による納税義務
通貨需要の源泉となる納税義務は、単なる慣習や合意ではなく、厳格な法的義務として確立されています。この法的基盤こそが、通貨需要の強制性と安定性を保証する要素です。
納税義務の法的構造
日本の税法体系を例に取ると、納税義務は極めて詳細かつ包括的に規定されています。所得税法、法人税法、消費税法など、各税法には納税者、課税対象、税率、納付方法、納期限が明確に定められています。
特に重要なのは、これらの法律が「円貨による納付」を明示的に義務づけていることです。国税通則法第34条では「国税の納付は、日本銀行券および政府紙幣をもってしなければならない」と規定されています。外国通貨、小切手、手形、暗号資産での納付は原則として認められていません。
この法的限定により、納税者は必ず日本円を取得・保有する必要が生じます。どれだけ米ドルや金を保有していても、税金の納付には使用できないため、最終的には日本円への交換が必要となるのです。
強制執行の仕組み
法的義務の実効性を担保するのが強制執行システムです。納税を怠った場合の措置は段階的に厳格化されます。
まず、法定納期限を過ぎると延滞税が発生します。延滞税率は年14.6%(納期限後2か月以内は7.3%)と高率に設定されており、納税の先延ばしにペナルティを科します。
次に、督促状の送達により税額が確定し、督促状発付から10日を経過すると財産の差押えが可能となります。差押えの対象は預金、不動産、動産、債権など多岐にわたり、納税者の資産状況に応じて執行されます。
さらに、意図的な税務申告の虚偽記載や脱税には刑事罰が科されます。所得税法違反では「10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金、またはこれらの併科」という重い刑罰が規定されています。
このような多層的な強制システムにより、納税義務の履行率は極めて高水準に維持されています。日本の税収率(調定に対する収納額の比率)は99%を超えており、ほぼ完全な徴収が実現されています。
納税のために通貨需要が発生するメカニズム
租税貨幣論の中核となるのが、納税義務から通貨需要への転換メカニズムです。このプロセスを詳細に分析することで、通貨価値がいかに創出され、維持されるかが明らかになります。
個人レベルでの需要創出
個人の経済活動における通貨需要を見てみましょう。会社員のAさんを例にすると、彼の通貨需要は以下のように発生します。
Aさんの年収が600万円の場合、所得税と住民税で約60万円の納税義務が発生します。また、月20万円の消費支出があれば、年間24万円分の消費税を負担します。合計で年間約84万円の税金を日本円で納付する必要があります。
重要なのは、この84万円は「選択的支出」ではないということです。食費を削ったり、娯楽費を節約したりすることはできても、税金の支払いを減らしたり回避したりすることはできません。つまり、Aさんにとって年間84万円分の日本円保有は絶対的必要性となるのです。
さらに、Aさんは予期しない税務調査や追徴課税に備えて、税金分を超える日本円を保有する傾向があります。この「予防的需要」も通貨需要を押し上げる要因となります。
企業レベルでの需要創出
企業レベルでは、個人よりもさらに大きな規模で通貨需要が創出されます。年商100億円の企業B社の場合を考えてみましょう。
B社は消費税として約10億円、法人税として約3億円、従業員の源泉徴収税として約2億円など、年間合計で約15億円の税金を納付する義務があります。この15億円は、B社にとって事業継続のための絶対的コストです。
B社が外国企業との取引で米ドルを多額に保有していたとしても、税金の納付には使用できません。必ず日本円に交換する必要があるため、B社は常に一定額以上の日本円を保有し続けることになります。
マクロ経済における需要の安定性
個人と企業の納税需要を合算すると、国家レベルでの安定した通貨需要が形成されます。日本の場合、年間の税収は約60兆円規模に達します。この60兆円は、毎年確実に日本円で支払われる必要があり、極めて安定した通貨需要の基盤となっています。
重要なのは、この需要が景気変動に対して相対的に安定していることです。個人消費や企業投資は景気によって大きく変動しますが、税収は累進課税制度や自動安定化装置により、景気変動に対する緩衝機能を持っています。
政府支出と通貨供給の循環
租税貨幣論のもう一つの重要な側面が、政府支出による通貨供給と課税による通貨回収の循環構造です。この循環こそが、現代の法定通貨システムを支える基本的なメカニズムです。
通貨供給の起点:政府支出
現代の不換紙幣制度において、通貨の供給は政府支出から始まります。政府が公共事業、社会保障、公務員給与などを支払う際、中央銀行は新たに通貨を発行し、政府の銀行口座に供給します。この新規発行された通貨が民間経済に流入することで、通貨供給量が増加します。
例えば、政府が10兆円の公共投資を決定したとします。財務省は10兆円分の国債を発行し、日本銀行がこれを引き受けます(直接引受けは制限されているため、実際には市中銀行経由となりますが、最終的な効果は同じです)。日本銀行は新たに10兆円の日本円を創造し、政府の口座に振り込みます。
政府はこの10兆円を建設会社、資材業者、作業員などに支払います。受け取った民間主体は、この通貨を更なる取引に使用し、通貨は経済全体に循環していきます。
通貨回収の機能:課税
循環した通貨は、最終的に課税によって政府に回収されます。公共投資で通貨を受け取った建設会社は法人税を、作業員は所得税を、資材購入時には消費税を納付します。これらの税金として回収された通貨は、政府の口座に戻り、理論的には消滅します(実際には政府が再び支出に使用するため、循環が継続します)。
この回収プロセスは、通貨供給量の調整機能を果たします。政府が支出を拡大すれば通貨供給量が増加し、税率を引き上げれば通貨回収量が増加します。つまり、財政政策を通じて通貨供給量をコントロールできるのです。
循環の持続性と安定性
この供給・回収循環の優れた点は、その持続性と安定性にあります。政府支出によって供給された通貨は、必ず納税によって一部が回収されるため、無制限に蓄積されることはありません。同時に、継続的な政府支出により、新たな通貨が常に供給され続けます。
また、この循環は自動調整機能を持っています。経済活動が活発になれば税収が増加し、過剰な通貨が回収されます。逆に、経済活動が低迷すれば税収が減少し、通貨回収量も自動的に調整されます。
租税貨幣論のメリットと限界
租税貨幣論は現代の法定通貨システムを理解する上で有効な枠組みですが、万能の理論ではありません。そのメリットと限界を正確に把握することで、より深い理解が可能になります。
メリット:強制的安定性
租税貨幣論の最大のメリットは、通貨需要の「強制的安定性」を説明できることです。この安定性は、他の通貨理論では十分に説明できない現象を明確に解明します。
需要の確実性
商品貨幣論では、金の価格変動によって通貨価値が不安定になるリスクがありました。信用貨幣論では、信頼の変化によって通貨需要が急変する可能性がありました。これに対して租税貨幣論では、法的に義務づけられた納税需要により、通貨需要の最低限の水準が保証されます。
日本の場合、年間約60兆円の税収があります。この60兆円分の日本円需要は、経済状況や市場心理に関係なく、法的義務として確実に発生します。景気が悪化して民間投資や消費が落ち込んでも、税金は払い続ける必要があるため、日本円への基礎的需要は維持されます。
政策的予測可能性
租税貨幣論は、金融政策や財政政策の効果を予測する上でも有用です。政府が税率を変更すれば通貨需要が変化し、支出を増減すれば通貨供給量が変化します。これらの関係は他の変数に比べて予測しやすく、政策立案者にとって有効なツールとなります。
例えば、消費税率を2%引き上げれば、約5兆円の追加的な日本円需要が発生することが事前に計算できます。この予測可能性により、より精密な経済政策の設計が可能になります。
国際的な通貨力学の説明
租税貨幣論は、国際的な通貨の地位についても説明力を持ちます。米ドルが世界の基軸通貨である理由の一つは、アメリカの経済規模と政治的安定性に加えて、アメリカ政府の強力な課税権があることです。
世界最大の経済規模を持つアメリカでは、年間約4兆ドル規模の税収があります。この巨大な米ドル需要が、国際的な米ドルの地位を支える一因となっています。
限界:国家信用崩壊時の価値喪失
しかし、租税貨幣論にも重要な限界があります。最も深刻な限界は、国家機能の崩壊や課税権の実効性喪失時における通貨価値の急激な毀損です。
ジンバブエドルの事例
租税貨幣論の限界を最も劇的に示すのが、2000年代のジンバブエドル暴落事例です。2000年から2009年にかけて、ジンバブエドルは年率数億パーセントという天文学的なハイパーインフレーションを経験し、最終的に通貨としての機能を完全に失いました。
ジンバブエ政府は法的には納税義務を維持し続けていましたが、以下の要因により租税貨幣論のメカニズムが機能しなくなりました。
まず、経済の収縮により課税基盤が消失し、徴税可能な経済活動自体が激減しました。次に、政府の統治能力の低下により、実際の徴税が困難になりました。そして、過度な通貨増発により、納税需要を大幅に上回る通貨供給が行われました。
結果として、法的な納税義務は存在したものの、それが通貨価値を支えるには不十分となり、ジンバブエドルは事実上無価値となったのです。
理論的限界の認識
租税貨幣論の限界を認識することは、この理論を適切に活用する上で重要です。租税貨幣論は通貨価値の「必要条件」を説明する優れた理論ですが、「十分条件」ではありません。
通貨の安定には、課税権の存在に加えて、政府の統治能力、経済の健全性、国民の信頼、国際的な地位など、多くの要因が複合的に作用します。租税貨幣論は、これらの要因の中でも特に重要な一つを明確化する理論として理解することが適切です。
まとめ
本記事では、租税貨幣論という理論的枠組みを通じて、法定通貨の価値がどこから来るのかを詳しく見てきました。
まとめると、租税貨幣論は以下の特徴を持ちます。
強制的な需要創出:政府が法律により特定の通貨での納税を義務づけることで、その通貨への需要が強制的に創出されます。この需要は個人の選好や市場の心理とは無関係に、法的義務として確実に発生します。
循環的な価値維持:政府支出により通貨が供給され、課税により回収されるという循環構造により、通貨の価値が持続的に維持されます。この循環は自動調整機能を持ち、経済状況に応じて適切な通貨供給量を維持します。
制度的な安定性:法的義務に基づく需要は、市場の変動や心理的要因による影響を受けにくく、通貨価値に制度的な安定性をもたらします。この安定性が、日常的な経済取引における通貨の信頼性を支えています。
租税貨幣論の現代的意義
21世紀の現代において、租税貨幣論は新たな重要性を獲得しています。グローバル化とデジタル化の進展により、従来の通貨システムが様々な挑戦を受ける中で、通貨価値の本質的な理解がますます必要になっているからです。
特に、暗号資産の台頭は既存の通貨理論に根本的な問いを投げかけています。政府の裏付けがない通貨がなぜ価値を持つのか、中央銀行なしに通貨システムは機能するのか、こうした問いに答えるためには、通貨価値の原理的な理解が欠かせません。
後編へ:国家なき課税システムとしてのブロックチェーンへ
ここまで、国家と課税権を前提とした租税貨幣論について詳しく見てきました。しかし、ブロックチェーン技術の発展により、国家の介在なしに独自の経済圏を形成する新しいシステムが出現しています。
後編では、この租税貨幣論の枠組みを応用して、ブロックチェーンのネイティブトークン(イーサリアムのETH、ソラナのSOLなど)がなぜ価値を持つのかを解説していきます。ぜひ楽しみにお待ちください。
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